こだわリノベ
2025年3月21日更新
時の痕跡残して大らかに|築50年の借家を自宅兼事務所に|こだわリノベ
建築士・藤野敬史さんは築50年の借家を、自宅兼事務所にリノベーション。一・二番座や裏座など伝統的な造りはそのままに、回遊できる動線・風通し・見通しのため、間仕切り壁や建具は撤去した。藤野さんは「伝統的な造りと借家に残る痕跡に敬意を払いつつ、家族3人が暮らしやすいよう、開放的なワンルームに改修した」と話す。

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改修前の希望
伝統的な造りはそのままで、暮らしやすいワンルームの空間に。風通し・見通しの良さと回遊できる動線を確保
寅さんの暮らしに憧れ
「子育ては沖縄でしたい」。名護市出身の妻・菜々恵さんの一言をきっかけに、当時1歳の子どもを連れて藤野さん一家は東京から移住。一級建築士の夫・敬史さんは「せっかく沖縄で暮らすなら、映画『男はつらいよ』(第25作目、1980年公開)で描かれていた寅さんとリリーさんのように暮らしたい」と思い描いていた。
そんな中、偶然、映画ロケ地の目と鼻の先である瀬底島に築50年の借家を発見。「映画の公開年と近いし、教科書に載る典型的な沖縄の伝統的造り。まさに『ここだ』と思い、すぐに不動産屋さんを通して借家のオーナーさんに連絡。コンセプトを直接説明し、自由に改修していいと快く承諾してもらいました」と敬史さん。改修案は沖縄建築に関する資料を読みあさったり、すぐ近くにあるおきなわ郷土村の歴史的な造りの建物を観察したりしながら、伝統を重んじ練り上げた。

涼風を感じながら憩う
完成したのは元々の部屋の役割はそのままに、間仕切り壁や建具、一部天井を取り払い、縦横に開放的な空間。
一・二番座の表座から北側の裏座(子ども室・主寝室)、西側のLDKまで仕切りがなく、部屋のどこからでも南側の庭・屋敷囲いのフクギが見通せる。表座の掃き出し窓を開け放てば、風が室内を通り抜けて、気持ちがいい。「涼風を感じながら、表座にちゃぶ台を置いて瓶ビールを飲み、蚊取り線香をたいて、くつろいでいます」と敬史さん。
晴天日には家族3人で瀬底ビーチまで歩き、サンセットを楽しむ。帰宅後は屋外のシャワーで汚れを洗い流し、そのまま食卓を囲んで家族だんらんの時間を過ごす。
寅さんとリリーさんに導かれるかのように瀬底島の家にたどりついた藤野さん一家の暮らしはまさに映画の一幕のようだった。
リノベのポイント
新しい要素は極力加えず逆に省く。木の小屋組み&セメント瓦、フクギと既存民家が持つ魅力を生かす
民家の記憶を後世に
築50年の借家をリノベーションするにあたり、一級建築士・藤野敬史さんが意識したことは二つ。「民家を開くこと」と「民家が持つ記憶を後世に残すこと」だ。
既存の民家はトートーメー(仏壇)などに加えて、今は製造されていないセメント瓦や一・二番座の表座・裏座と伝統的な要素が数多く残っていた。この家が持つ魅力を引き立てるため、「新しい要素は極力加えず、逆に省きながら、私たち家族が使いやすい空間に造り変えました」と説明する。
まず、室内を細かく仕切っていた間仕切り壁や建具は全て撤去。徹底的にワンルーム化することで、「風通し・見通し、動線、全てが回遊する空間としました」。さらに、茶の間と台所(現LDK)の天井のみ剥がし、「木の小屋組やセメント瓦など既存民家が持つ歴史の面影が見えるようにしました」と藤野さん。
リノベーション前


また屋敷囲いのフクギも有効活用。ランドスケープ(景観)づくりの仕事をする菜々恵さんは「フクギなどの蒸散作用により、空気中の熱を奪うので、民家周辺の気温を抑えてくれる」と説明する。さらに、屋根より背の高いフクギは庭に影を落として地表温度の上昇を防ぎ、室内に差し込む日差しも和らげる。「民家の壁や屋根には断熱材などがないため、年中快適な室内とは言えないけど、元々あった木々を生かすことで、屋外も含めた心地のいい環境で大らかに暮らしていきたい」と菜々恵さんは話した。
表座から南側の庭、屋敷囲いのフクギを見る。眺めがよくなるように、南抜きの掃き出し窓だけ透明なガラスに取り替えた
民家より樹高が高い防風林のフクギは台風などの強風だけではなく、庭に影を落とし地面の温度上昇も抑える。屋内外の心地よさにつながっている
フクギから顔をのぞかせる外観
リノベーション前
敷地は防風林のフクギだけではなく、既存のフェンス(赤丸部)にも囲まれて閉鎖的だった
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フェンスを撤去したことで、手前の駐車スペースからフクギを通り抜けて、直接アマハジ空間や玄関に行き来できるようにした
リノベーション前
既存の水回りも細かく壁や戸で仕切られていた上、開かずの扉(中央)があった
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壁や戸、扉をなくし、使いやすいよう改修。床はタイルを敷いてフラットにした
[DATA]
家族構成:夫婦、子ども1人
駆体構造:混構造 鉄筋コンクリート造+木屋根
築年数:50年
敷地面積:約226.1㎡(68.4坪)
1階床面積:約88.1㎡(24.5坪)
工期:2021年11月〜2022年3月
設計:一級建築士事務所 あまはじ 藤野敬史
施工:(有)ナカタ商会+自主施工
造園:あまはじランドスケーププランニング 藤野菜々恵
[問い合わせ先]
一級建築士事務所 あまはじ
メール=amahaji_landscape@icloud.com
https://amahaji.blogspot.com/
撮影/比嘉秀明 取材/市森知
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第2046号・2025年03月21日紙面から掲載