家づくり
2024年10月4日更新
中国にルーツがある「ヒンプン」|公私分ける緩衝装置|住まいに生かす 知恵と風土⑦
文・写真/照屋寛公(一級建築士・建築アトリエTreppen主宰)
このコーナーは、建築士で民俗学にも造詣の深い照屋寛公さんが先人の知恵を紹介し、気候風土にあった住まいのヒントを伝える。
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言葉の響きから、そのルーツは中国にあることは察しがつく。『風水の社会人類学』(社会人類学者・渡邊欣雄(わたなべよしお)著)によれば、漢語で書く「屏風(ビンフォン)」、正確には室内に設置する「衝立(ついたて)」であろうと記されている。
中国では屋敷の門と母屋の間に設ける遮へいの垣「影壁(インピー)」が沖縄のヒンプンと酷似しているともある。沖縄本島では一般に「ヒンプン」と称しているが、地域で呼び方が微妙に異なって、メーガキ(久米島)、ツンプン(宮古島)、マエヤシ(竹富島)、ピーフン・マイグスク(石垣島)などがある。その造りや素材も異なり、石積み、竹垣、板垣、生け垣からブロック造までさまざま。
さて、ヒンプンの目的だが、道路から門を介して母屋の内部が見透かされないためである。母屋の南面は涼風を取り込むため、大きく開放的な開口を設けている。家屋と道路を分ける「公・私」の緩衝空間装置と言えよう=図参照。さらに台風の強風や横殴りの雨から家屋を守る、呪術的な面では悪霊の侵入を遮断する、など多くの役割を担っているとされる。
沖縄の伝統家屋の配置図。ヒンプンは道路から屋内への視線を避け、ほどよい緩衝帯になっている
木棒で仕切る済州島
国の重要文化財指定の宮良殿内にあるヒンプンは、瓦礫(がれき)を主材料に漆喰(しっくい)などで練り固めた重厚なヒンプンで、ほかに類を見ない特徴がある=写真。ヒンプンの中央部に扉が設置され、普段はその扉を開閉することはないという。扉を開けるのは旧盆の祖霊の送り迎え、娘が嫁ぐ時、そして葬儀の出棺の時だけだという。訪ねた折、宮良家の当主から聴いたことがある。
宮良殿内(石垣市)のヒンプン。日常生活で中央の扉を開くことはない
ところで、韓国済州島にも敷地に入る際、ヒンプンに類似の「ジェンナン」がある=写真。門に三つの穴の開いた石柱があり、そこに木製の横棒が三本渡されている。入るべからずのサインのようで、渡してある横棒の数により、住人の在宅を知らせるシステムでもある。三本渡してあると現在留守、三本下ろされていると在宅である。
となれば、盗人に留守を知らせることにならないか、という疑問が残る。しかし、済州島には「三無」という言葉があって、「乞食が無く、盗人が無く、門が無い」を意味する。済州島はモンゴル人が支配した時期があり、ジェンナンは住み着いた人々が家畜放牧をした名残ともいわれている。
ジェンナン。渡し棒一本は近所に出かけているサイン(韓国・済州島)
竹林をヒンプン見立て
さて、沖縄のヒンプンと済州島のジェンナン、門と家屋との緩衝帯という意味合いでは類似している。しかし、ヒンプンは開放的な家屋への視線や風雨を防ぐ目的で中国から伝えられたであろう文化。一方、ジェンナンは放牧の歴史的な背景から生まれた文化である。一見似た文化だが、地域ごとの特徴から建築文化の違いが出て、興味深い。
狭小敷地に建つ住宅が多い今日、現代建築にこのヒンプンを直接生かすことはなかなか厳しい。私が設計を手がけた住宅では来訪者が玄関を開くと、正面に竹林があり、直接室内が見えない仕掛けをした=写真。これは、先人のヒンプンをヒントにした現代の住まいである。
筆者が設計した「竹林のある家」。竹林がヒンプンの役目を果たして、室内が直接見えない
てるや・かんこう
1957年、石垣島新川生まれ。明治大学工学部建築学科卒、住宅やリフォーム、医院、こども園など幅広く設計活動中。「日本建築士会連合会優秀賞」「全国住まいのリフォームコンクール」など受賞歴多数。沖縄民俗学会会員。著書に「記憶を刻む家づくり」がある。
電話=098・859・0710
http://www.treppen.jp
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第2022号・2024年10月4日紙面から掲載