特集・企画
2023年6月30日更新
遊びから仕事まで 「好き」が集う公園|オキナワンダーランド [60]
沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。 ( 文・写真/馬渕和香)
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ココノバ|名護市
起業家の北野勇樹さんは、優柔不断とは無縁な人だ。人生を左右する大事な決断でも、あっと言う間に下す。
「『大きな決断ほど、簡単に』が、僕のスタンスです。それで失敗したこと、ですか? 失敗ばかりですよ(笑)。だけど、失敗できるから成長もできる」
数年前に名護を訪れて、すぐさま移住を決めた時も、少しも迷わなかった。移住ばかりか永住することまで決意した。大学を出たての頃に世界一周の旅を体験して以来、「旅することが人生だ」と信じてきたが、名護で出会った人たちの温かさに心を動かされ、考えが変わった。
「見知らぬ人であっても、沖縄の人は友人のようにもてなしますよね。イチャリバチョーデーやユイマールという言葉まであるくらい、助け合いの文化が根付いている。僕が知る限り、こんな場所はほかにありません。『その精神なら僕にもある。僕も輪に入れてください』という気持ちで移住してきました」
「自分の心の緯度と経度にぴったり合う街」だという名護で、運命の出会いはさらに続いた。ある日、北野さんは一軒の空き物件の前を通りかかった。以前は診療所だった建物だ。興味をそそられて中を見せてもらい、その場で「借ります」と伝えた。
「借りて何をするかは決めていませんでした。ただ、『ここだ!』と直感が走ったんです」
借りてみて、「想像を10倍超えるスケール」に驚いた。天井をはがし、壁を取り去ると、高さ5メートル、奥行き40メートルの巨大空間が現れた。
名護の人と街に魅了され移住してきた起業家の北野勇樹さんが発起人となってオープンしたcoconova(ココノバ)は、誰でも利用できる“みんなの公園”。遊びからビジネスまで、利用者の「やってみたい」を後押しする
さあ、ここをどう生かそうか。日本や東南アジアで、古い建物を宿やオフィスに再生して運営する事業を展開してきた北野さんにとって、建物に新たな命を吹き込むのは得意とするところだ。どんな命がふさわしいだろう? 思案を巡らせていると、「ヘソ」の2文字が浮かんだ。
「街のヘソ。中心。文化やビジネスを発信する震源地。そんなイメージが湧いてきました」
それなら、街のヘソになる“公園”をつくろうよ、と明快に未来像を描いてくれたのは、共同経営者で建築家でもある加納佑樹さんら仲間だった。誰もが自由に利用できる“みんなの公園”をここにつくろう。音楽、アート、学び、ビジネス、その他何でも、やりたいことをやってもらえる場にしよう。このビジョンが礎になり、コミュニティーパーク「coconova(ココノバ)」は生まれた。
オープンから1年半がたち、ココノバは若者を中心に幅広い世代が憩い、遊び、学び、集う場へと成長してきている。本を読みに。楽器の練習をしに。パソコンでリモートワークをするために。友人と会話を楽しむために。さまざまな目的で、人はここにやって来る。いつしか、ヨガやダンスのスクールが開講した。起業家育成の講座も始まった。フリーマーケットや音楽イベントも開かれている。
「“公園”なので、館内で犬の散歩をする人もいます(笑)。ここは、おもてなしの空間です。好きなように楽しんでほしい」
ナゴンチュのおもてなしは、北野さんを移住に導いた。ココノバのおもてなしは、心躍らせる楽しげな新風を名護に吹かせている。
ヨガのレッスン、英語教室、料理のワークショップ、ビジネスセミナー、落語会、音楽ライブ、フリーマーケット(写真)など、挙げればきりがない活動が繰り広げられるココノバは、「いろいろな顔を持つ」(北野さん)施設だ
元は診療所だった場所を自分たちで天井や壁をはがすなどして再生した。イベント時には数百人を収容できる2階(写真)は、本物の公園のような開放感がある。1階にコワーキングスペースと、コーヒーや総菜のテイクアウト店を併設
館長を務める名護出身の具志堅秀明さんは、ココノバは、夢や目標に向かって走り出す人の“伴走者”だと話す。「ここでの挑戦を足がかりに、街のあちこちで開業や開店をする人が増えたらいいですね。街の活性化のためにも」(提供写真)
常連利用者で写真家の栗山泰輔さんは、「ここでしか出会えない、面白い人たちが集まる所。つい立ち寄りたくなる」と話す。「人が来るほど味が増す」(北野さん)ココノバは、楽しさの発信地になりつつある(提供写真)
◆coconova
https://social-design.town/coconova
<オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景>
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。
『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<60>
第1956号 2023年6月30日掲載
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