建築
2021年11月12日更新
[沖縄]フクハラ君 沖縄建築を学びなおしなさい[9]|アトリエ・ガィィ主宰 佐久川一さん(73)
本連載は、沖縄建築について学ぶべく、一級建築士である普久原朝充さんが、県内で活躍してきた先輩建築士に話を聞き、リポートする。今回はアトリエ・ガィィの佐久川一さん。言葉を意識したり身近な素材を使うといったチュクイムジュクイ(創意工夫)により、ゆいクリニックや自然素材を生かした住宅など、その地が持つ「感性」を引き出す建築を手掛けてきた。
アトリエ・ガィィ 主宰
佐久川一さん(73)
さくがわ・はじめ/1947年、那覇市出身。70年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。75年~80年、象設計集団らとともに名護市庁舎の基本設計や石川白浜海浜公園の設計に関わる。82年、アトリエ・ガィィ設立。96年、宜野湾市真志喜に事務所移転。2006年、玉水の家が第2回サステナブル住宅賞優秀賞を受賞。13年、ゆいクリニックが第5回サステナブル建築賞審査委員会奨励賞を受賞。
チュクイムジュクイ(創意工夫)で建築と社会をつなぐ
身近な素材で土地に「宿る」
形容表現としては不適当かもしれないが、「キジムナー(精霊)が棲んでいそうな家」をつくれるとしたら、佐久川一さんしかいないだろうと私は思っている。
建築物を拝見させていただいた時に、正直、足が震える体験をしたのは佐久川さんの関わった建築だけだ。霊感は皆無と自認している私ですら、霊的な何かが建物に宿っているのではないかと感じられてしまうのだ。
「大学の卒業制作のため、八重山のフィールドワークで御嶽を見て回った時から続いている関心で、教会のような神聖な空間に興味がありました。そんな空間が住空間にもあればいいなと。教会のようなといっても厳かで緊張するようなものではなく、穏やかな気持ちになれるような家だったらいいなという思いがずっとありました」と私の疑問に答えてくれた。
赤土やガラスを活用
設計では「身近にある素材を使う」ことを心掛け続けていたという。例えば「土」。1980年の石川白浜海浜公園(現・石川公園)の設計では、土と石灰などを混ぜて固める三和土仕上げに、地元の「赤土」を取り入れ使用した。その後、名護市庁舎の土間仕上げにも波及する。近作でも赤土を主体につなぎとして石灰やわらを混ぜこんで、壁や屋根を左官したりしている。建築への琉球ガラスの活用も、石川白浜海浜公園が最初の試みだったそうだ。
「身近な素材が無いというのはとても寂しいことです。お仕着せのシステムやアイデアに依存するのではなく、その土地から生まれるものを使うことを大事にしています」と語る。
一時期、知人が佐久川さんの事務所に入り浸っていたので、ときおり私もお邪魔して共同で土壁の左官など手伝ったことがあった。施主を含めた素人の施工なので水平垂直ではないゆがみのある面になるけれど、どこか手触りの実感が得られる温かみのある仕上げになった。
コンセプトは言葉から
「その地域の持つ感性をどのようにしたら発揮できるのか、ということを考えて身近なものにこだわっているのですが、他にもマザータング(母語)から着想を得たりもしています。卒業制作のときは“クビリバナリバルムイ”(谷、離れ、原、山)をテーマにしましたし、事務所を設立してからも、“モーイユ”(原野、魚)や“ムイクムイ”(山、堀池)など、母語の持つ音韻や意味からイメージを広げてコンセプトを考えることが多いですね。地域社会と建築の幸福な関係を築くためのチュクイムジュクイ(創意工夫)が必要だと思っています」と笑う。
佐久川さんの手掛ける建物に感じた、土地に根っこをはわせるような雰囲気は、言葉と物の両側面からその土地に根付こうとしているからなのかもしれない。
現代は人と物の多くが移動する時代だが、建築はその土地から離れられないものであるという至極当然のことを改めて考えさせられた。数年ぶりに佐久川さんに話をうかがうことで、建物に「宿っている何か」の正体に少し近付けた気がした。
ゆいクリニック(2011年、沖縄市) 産婦人科医院兼住宅。自然分娩(ぶんべん)を控えた利用者が安心感を持って出産に臨めるように、木材を使った内外装やしっくい壁、土屋根などの自然素材により、わが家のような心持ちで過ごせるよう環境が整えられている。2013年に第5回サステナブル建築賞審査委員会奨励賞を受賞している。
内装は子どもや妊婦が安心してくつろげるよう、主に自然素材を使って仕上げられている。色ガラスをちりばめた木製建具からやわらかな光と風が入る
屋根は、沖縄の強い日射を軽減することを期待して、赤土、石灰、再生ガラス等による土屋根が施されている。さらに、れんがを使うことでリズム感のあるデザインになっている
石川白浜海浜公園 現:石川公園(1980年、うるま市)
海岸線保全のため、海側を埋め立てるのではなく、陸地側に防風・防潮・防砂の役割を備えた公園施設を築くことによって自然の浜を残した挑戦的な計画だった。
ちゅらさ石鹸工房(1993年、恩納村)
テーマはムイクムイ(山と堀池)。らせん状の建物のラインに連なるように、隣には「まいまいず井戸(渦巻き型ですり鉢状の井戸)」が作られており、建物に降った雨水を貯蔵する計画。写真は外壁の左官補修に参加した2008年に撮影したもの。
ムイクムイのコンセプトを伝える佐久川さんのスケッチ
アトリエ・ガィィの事務所兼住宅(1992年、宜野湾市)
コンクリートブロックの積み重ね方を工夫することで変化をつけ、臥梁(がりょう=組積造の上部の梁にあたる部分)には貝殻やサンゴ片、タイルなどを打ち込んだレリーフがあしらわれている。
泉原ハウス(2017年、今帰仁村)
壁はコンクリートブロック造、屋根は木造の混構造の宿泊施設。コンクリートブロック壁部分は、木舞(こまい)下地に土壁を左官することで遮熱性を持たせており、印象も柔らかくしている。
土壁を施工しているときの様子。ワークショップによる共同作業にて施工された(アトリエ・ガィィ提供)
事務所名の「ガィィ」は、サンスクリット語で「牛」を意味しているという。地域調査や共同作業が有名な象設計集団との付き合いでは、お酒の席も多かったのではないかと思うが、ヨガやインド哲学に触れてからの佐久川さんは生活スタイルが大きく変わってベジタリアンを貫いているという。
「設計活動以外にもさまざまなことを続けていますけれども、とりわけヨガをはじめてから生活が一変しましたね」と笑う。もともと宇宙との一体感をともなう修行そのものであるヨガ瞑想(めいそう)法なだけに、思想哲学とも関連が深い。佐久川さんの設計する建物には、そのような思想がカタチになったような部分も感じられて私は驚かされることが多い。
[文・写真] 普久原朝充
ふくはら・ときみつ/1979年、那覇市生まれ。琉球大学環境建設工学科卒。アトリエNOA勤務の一級建築士。『沖縄島建築 建物と暮らしの記憶と記録』(トゥーバージンズ)を建築監修。
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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1871号・2021年11月12日紙面から掲載