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2024年8月2日更新

出入り口を限定せず|先人に学ぶ開放的な暮らし|住まいに生かす 知恵と風土⑤

文・写真/照屋寛公(一級建築士・建築アトリエTreppen主宰)


このコーナーは、建築士で民俗学にも造詣の深い照屋寛公さんが先人の知恵を紹介し、気候風土にあった住まいのヒントを伝える。
 
◇  ◇  ◇

 
7月の連載は沖縄の方言で「玄関」にあたる言葉は見当たらず、それは沖縄の伝統家屋に玄関という場が無いからではないか、という話であった。今月は実例として、石垣島の農村集落に建つ伝統家屋の造りに玄関を設置した住まい=スケッチ=を紹介し、暮らし方がどのように変わったかを確認してみたい。
 
玄関がある家はアンガマの際、一番座のアマハジに観客の姿がない。歴史的に地頭職など高貴な客を接待する家では一番座の前に玄関を設置する家も存在していた
 
今月8月は旧盆がある、久しぶりに古郷石垣島に帰省しようかと思っている。目的のひとつは旧盆の伝統行事「アンガマ」を見ること。そのだいご味は、あの世から子孫を引き連れてやってくるウシュマイ(御主前)・ンミー(婆)と観客の珍問答にある。

お供えや提灯で飾られた仏壇(二番座)の前で口上をひと通り終えたウシュマイ・ンミーは例によって、床の間(一番座)の前で家長と横並びに座る=下写真。そして座ではほっかぶりの子孫が入れ代わり立ち代わり、歌舞音曲を演じるのである。家屋の外部には東側の一番座から南側の二・三番座まで家を取り囲むように大勢の観客であふれる。


一番座にはアンガマと家長が座っている

このアンガマ行事は旧盆の3日間で1日数軒の家を回るのが通例、時折筆者もその追っかけをして島の方言でヤジの珍問答を楽しんでいる。同時に伝統行事の残る古い集落での暮らしぶりを眺めるのも興味深い。


玄関設置すれど収納に

通常の伝統家屋は外部にアマハジ(雨端)が東から南にL型に取り囲んでいるが、ある一軒の家は一番座の前に玄関があった。

一番座の前にあるアマハジは観客からすれば、最も臨場感あふれる一等席である。床の間の前に座るアンガマが真正面に見えて、ヤジもしやすい。しかし玄関があるこの家は引き違い戸が付き、間口は90センチほど、そこには観客の姿はなかった。つまり、南側からL字状に連続するアマハジを玄関が左右に分断し、一番座前のアマハジからは室内が見えないのである。

アンガマ見物の翌日、玄関のあった家を訪ねてみた。この集落では防犯の安心感もあろうか、昼間に玄関に戸締りをする家は少ない。

一番座前の玄関の引き違い戸が少々空いていたので、声をかけて隙間から中を覗き込んでみたら、そこには自転車が置かれていた。普段の暮らしでは、主な出入り口は二・三番座前のアマハジになっていて、玄関は本来の役目ではなく自転車などの収納の場所になっていたのである。


観客はアマハジからアンガマ行事を眺めている


見物以外にも、アンガマと観客の珍問答も行われる


現代にも「知恵空間」を

地域によっては本来の目的を果たさない不要な玄関は設けず、風土に馴染んだ開放的な暮らしでいいように思うが、現代の都市型住宅では当然玄関は必要。しかし隣家や通りからのプライバシーを遮りつつ、緑豊かな庭先に連続させるなど開放的な玄関を造ることは可能なように思う。

伝統家屋では東と南側に回らせたアマハジの場は、先人が考えた「知恵空間」である。沖縄の気候風土に合うよう、夏の強い日差しを遮り、また南の島特有の急な雨も室内への侵入を防いでくれる。家屋への出入り口を一カ所に限定することなく、常にどこからでも出入りができるよう開放的に暮らしてきたのである。
 


てるや・かんこう
1957年、石垣島新川生まれ。明治大学工学部建築学科卒、住宅やリフォーム、医院、こども園など幅広く設計活動中。「日本建築士会連合会優秀賞」「全国住まいのリフォームコンクール」など受賞歴多数。沖縄民俗学会会員。著書に「記憶を刻む家づくり」がある。
電話=098・859・0710
http://www.treppen.jp

毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第2013号・2024年08月02日紙面から掲載

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