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2021年2月12日更新

フクハラ君 沖縄建築を学びなおしなさい[3]| ㈱根路銘設計 代表取締役会長 根路銘安弘さん(82)

沖縄建築について学ぶべく、一級建築士である普久原朝充さんが、県内で活躍してきた先輩建築士に話を聞いてリポートする本連載。首里杜館をはじめ、さまざまな建物を手掛けてきた根路銘安弘さんは「地理的制約に基づく彫りの深さが沖縄らしい建築につながる」と話す。(文・写真 普久原朝充)

㈱根路銘設計 代表取締役会長
根路銘安弘さん(82)

ねろめ・やすひろ/1939年、大宜味村字上原出身。1958年、沖縄工業高等学校建築科を卒業し、仲座久雄建築設計事務所へ。63年、㈾我那覇設計事務所。70年、根路銘建設設計事務所を設立。93年、株式会社根路銘設計に変更。2002年、沖縄県建築士事務所協会会長、日本建築士事務所協会連合会副会長。05年、黄綬褒章受章。12年、㈱根路銘設計会長となり、根路銘剛次氏が代表を務める。

地理や気候の制約に基づく建築
彫りの深さが沖縄らしさ

根路銘安弘さんは、花ブロックの考案者としても知られる仲座久雄さんの建築設計事務所の最後の所員だ。沖縄工業高校を卒業後、事務所に入ってすぐの仕事が守礼門の復元工事だった。

「あのとき仲座先生はね、文化財保護委員会委員でした。そして、守礼門復元工事の総監督をしていたわけよ。当時、僕の業務の半分は設計じゃなくて、守礼門に通ってペンキを塗ったりすること。半年ぐらい続いたかな」と振り返る。仲座さんが亡くなられてからは我那覇設計事務所に移り、旧沖縄県立博物館の設計などにも関わった。


若き日の根路銘安弘さん(左端)と、仲座久雄さん(左から2人目)。1958年~1960年頃。背後にある仲座久雄建築設計事務所のビルには、初期の花ブロックが使われている


旅行者の安全祈るレリーフ

1970年に独立してからも実に多くの設計を手掛けた。カトリック安里教会のような宗教建築から、おきなわワールドのような大型プロジェクトまで幅も広い。思い出深い建築のひとつが「首里杜館」だという。

首里杜館は、守礼門のある綾門大道に面し、首里城木曳門に向き合うように建つ。首里城公園開園に合わせて建設された情報展示室やレストランなどがある総合休憩所だ。

大きな赤瓦屋根の前面にある広場の地下には、大型バスで最大46台収容可能な駐車場が広がる。地下2階の駐車場出入り口上部には園比屋武御嶽を模したレリーフをあしらったという。

「首里城の王様が出かけるとき、園比屋武御嶽の前で道中の無事を祈願するでしょ。だから首里城を訪れる旅行者の旅の安全祈願をしてるんだよ」と語る。

「それと駐車場の車路はね、大型バスが2台行き交える幅を確保する必要があった。それで、車路上に柱が出て邪魔にならないよう、ここの梁はスパンが18㍍も跳んでる。この大空間を構造的に実現するために本土にも足を運んで類似施設を見てまわり相当研究をしたよ」

根路銘さんは構造設計一級建築士の資格も持つ。「資格持ってる人で僕が一番年長じゃないかね」と笑う。沖縄工業高校生時代に担任だった城間勇吉先生(※)の下、アルバイトで構造計算を始めたのがきっかけだったという。

首里杜館(1992年、那覇市首里)
情報展示室やレストランなども備えた首里城公園内の総合休憩所。地上1階、地下2階、延べ床面積9777平方メートル。鉄骨鉄筋コンクリート造。歴史的景観地域である周辺環境に配慮し、駐車場を地階に設け周囲はグスクのように石垣と緑をめぐらせることでボリュームを感じさせないデザインになっている。1階の休憩所部分は広場に面して赤瓦の屋根が並ぶ構成で、緑の中にある集落のように、景観にとけこんでいる。首里杜館西側の地下2階駐車場出入り口。中央のレリーフは、園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)=下写真=がモチーフとなっている。皆の旅の安全を祈願したデザイン


西のアザナ(展望台)から見える首里杜館。緑に覆われた中にある集落のように赤瓦屋根が並ぶ


大型バス2台が行き交えるよう、スパン(梁間)を18メートル確保した大規模な地下駐車所


休憩所。床の石タイル=青線部分=は、首里城の御庭(うなー)にある浮道を再現し、入り口に対して9度ほど角度がついている


エントランス入り口を強調する二重になったアマハジ庇は、久米島の上江洲家を参考にデザインしたという。おきなわワールドでも模築された上江洲家を見られる

カトリック安里教会(1994年、那覇市安里)
外観。2006年に那覇市都市景観賞を受賞している。おもろまち駅付近のモノレール車窓からも見られる

聖堂内観。カラーガラスから差し込む光が印象的

おきなわワールド(1993年、南城市玉城)
おきなわワールドの入り口。大屋根と大梁によって水平線が強調されている


玉泉洞の岩盤の上には木造古民家を移築して集めた琉球王国城下町が作られている。広場前には久米島上江洲家の測量図に基づいて建てられた建物があり、二重になったアマハジ庇が見える


窓と庇は目と眉

私を含めた下の世代に伝えたいことはあるか尋ねてみた。すると、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』にある、次のような一節を紹介された。

「国家というのは基本的に地理によって制約される。地理的制約が国家の性格の基本の部分をつくり、さらには対外国の姿勢の基本部分をつくり、そしてそれらはきわめて厄介なことに、その時代々々の国家が持つ意思以前のことに属する」

建築もまた気候風土のような地理的制約のもとにある。この基本的なことを忘れないでほしいという。

「沖縄の建築で重要なのはね、やっぱり、彫りの深さだよ。僕は仲座久雄先生に、『庇のない窓は沖縄の窓じゃない』と教わった。例えば窓を一つ設計するにしても、四角い窓だけというのは絶対にありえない。目の上に眉があるように、沖縄の建築は彫りが深くないといかん、と。そういうことをたたき込まれたよ。窓と庇は一対だと。人間の目と眉と一緒だというわけさ」

鋭い指摘だ。思わぬ形で至言をいただくことができた。
 
※城間勇吉:沖縄工業高校の教師、沖縄県土木建築部長、沖縄県建築士会会長、金秀建設株式会社社長などを歴任。著作に『世界遺産グスク』(新星出版)、『グスク時代のはなし』(新星出版)がある。


そうしゃ(奏者・走者)としての顔
出身の大宜味村では身近にあるものを使って生活していた根路銘さん。そのときの楽しみの一つが草笛だったという。さまざまな植物の葉を楽器へと早変わりさせる草笛演奏者としての顔も持ち、全国草笛ネットワークの沖縄地区指導員として活躍している。

陸上も好きで、沖縄マスターズ陸上や大宜味村陸上競技大会にも参加を続けている短距離走者だ。大宜味村陸上競技大会100m走50代の部での記録は、20年以上、破られていないそうだ。


[文・写真] 普久原朝充
ふくはら・ときみつ/1979年、那覇市生まれ。琉球大学環境建設工学科卒。アトリエNOA勤務の一級建築士。『沖縄島建築 建物と暮らしの記憶と記録』(トゥーバージンズ)を建築監修。

毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1832号・2021年2月12日紙面から掲載

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