絶景の美に浸り 建築の名作に泊まる|オキナワンダーランド [61]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

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2023年9月29日更新

絶景の美に浸り 建築の名作に泊まる|オキナワンダーランド [61]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。 ( 文・写真/馬渕和香)

ザ・ムーンビーチミュージアムリゾート|恩納村

自然と人間が、あうんの呼吸でつくり上げた共同作品。そう感じられる建築風景に時折出会うことがある。沖縄で言えば、今帰仁や座喜味のグスク(城)が真っ先に思い浮かぶ。起伏する大地と、うねうねと伸びやかな曲線を描く石垣が、響き合う二つの旋律となって琴線に触れるハーモニーを紡いでいる。

そこまで遠い時代にさかのぼらなくても、自然と人のそうした“合作”は現代にも存在する。沖縄初の本格的リゾートホテルとして知られる旧・ホテルムーンビーチはその一つだ。麗しい三日月形をした純白の砂浜。翼を左右に広げて、浜辺を包み込んでいるような佇まいで立つ低層のホテル。息の合った2人の相棒のように、海辺の景色と建築が互いを引き立て合って、息をのむ美景を織りなしている。

「手前味噌(みそ)になりますが、毎朝出勤してきて眺めるたびに、『絵はがきのように美しいな』と感動します。海の青さ、砂の白さ、建築美、そして当ホテル自慢の庭の美しさが相まって、見飽きることがありません」

広報担当の石川太郎さんは、まるで恋人を語るように、このホテルを語る。

「誇れる良さがここには豊富にあります。海の透明度が高いビーチは、(環境省の)『快水浴場百選』に選ばれています。昔、夜空を飛行中のパイロットが、闇にきらめくこの砂浜を見つけて、ムーンビーチと名づけたという逸話があります。建物は、美ら海水族館をはじめとする、そうそうたる建築を手がけた國場幸房さんの設計です。日本の優れた近代建築の一つにも選ばれた、由緒ある建物です」

「豪放磊落(らいらく)を絵に描いたような人」(石川さん)だった國場さんは、設計のスケールもまた、桁違いに大きかった。屋根を大胆に開け放って、ホテルの“中”にも雨が降るようにしたり、型破りなほど、館内を広々とした造りにしたりした。「人間が本能的に安らげる、人間のための空間をつくったんだ」。生前、そう語っていた。

名建築に恵まれ、景勝にも恵まれたこのホテルだが、人もうらやむ幸運に安住しない。今年春、「長年背負ってきたホテルムーンビーチの看板を下ろす」(石川さん)という、思い切ったブランド刷新に踏み切った。名称を「ザ・ムーンビーチ ミュージアムリゾート」と改め、アートホテルとして歩み出した。美術館のようなホテルへと進化して、新旧ホテルがしのぎを削る「ホテル戦国時代」(石川さん)の競争を生き抜いていく。
 
「このホテル全体が芸術作品だ、という矜持(きょうじ)が私たちにはあります。名称変更は、外に向けてそう宣言する所信表明のようなものです。お客さまの目に触れるすべてがアートであるような、すべてがデザインされたホテルを目指します」

三日月形の砂浜も、巨匠の建築も丸ごとアート。丹精込めて育てた庭も、吹き渡る風も、建物の中に降り落ちる雨さえも。自然のアートに心打たれ、人間のアートに胸ときめくリゾートへ。創業から半世紀のホテルは、新たな境地の扉を開いた。


景勝として名高い砂浜も、巨匠が残した建築も、目に触れるすべてが芸術であるホテルへ-ホテルムーンビーチは今年、「ザ・ムーンビーチ ミュージアムリゾート」と名称を改め、アートホテルとして新たな一歩を踏み出した



アートに満ちあふれる“泊まれる美術館”を目指す。9年前に開設したギャラリーはその要。「沖縄の作家を発信する場にしたい」と館長で造形作家の角敏郎さん。写真は「沖縄の宝」と角さんが言う國吉清尚さんの作品展



ホテル全景。絶景の海辺に、希代の建築家、國場幸房さん設計のモダニズム建築がダイナミックに横たわる。開業から48年たつが、「ポテンシャルをまだ秘めた、古びない価値を持つホテル」だと広報担当の石川太郎さんは言う(ホテル提供)



アメニティーグッズの再デザインから、沖縄の美術工芸品を扱うショップの新設まで、多方面にわたり整備を進めている。箱根の彫刻の森美術館に倣い、庭に立体作品を散りばめる構想も検討中。写真は彫刻家、フリオ・ゴヤさんの作品



今年春、ギャラリーで絵画展を開いた千賀ちかさんは、「(90坪ある)広い展示スペースが、大きな作品に挑む意欲をくれた」と話す。西表島のサガリバナを描いた水彩の屏風絵は、自身最大となる高さ2メートル、幅10メートル


ザ・ムーンビーチ ミュージアムリゾート
電話=098・965・1020





オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


 


[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。

『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<61>
第1969号 2023年9月29日掲載

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