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2024年12月6日更新

「ヒヌカン」は家の守護神|家族の祈り捧げる|住まいに生かす 知恵と風土⑨

文・写真/照屋寛公(一級建築士・建築アトリエTreppen主宰)


このコーナーは、建築士で民俗学にも造詣の深い照屋寛公さんが先人の知恵を紹介し、気候風土にあった住まいのヒントを伝える。
 
◇  ◇  ◇
 
新築を機会に、ヒヌカン(火の神)を仕立てるべきかどうか、思案している施主に幾度か会ったことがある。「親や親戚筋からは長男だから仕立てるべきだ」、「次男は仕立てなくてもいいのでは」、など私自身いろいろ耳にした。

沖縄でヒヌカンは「家の守護神」として、家族の無病息災や出産、冠婚葬祭、そして年中行事に至るまでさまざまな場面で祈願の神とされている。その仕立て方も、地域によってさまざまであるが、鳩間島に伝わる一例とヒヌカンの意図・特徴を要約して紹介してみたい。

「八重山 鳩間島民俗誌」(大城公男著)には「分家して家を新築する場合は、新しい香炉を手に入れ、浜から持ってきた砂を入れる。人の足跡のないきれいなところから取ってくる。その香炉に本家の香炉から分けてもらってきた灰を混ぜる …(中略)… また通し神としての機能もあり、遠く離れて暮らす家族にもこの神の力が及ぶ」と記されている。

おおよそ同じような話を竹富島でも聞いたことがある。しかし、長男とか次男とか、誰が仕立てるべきかなどは、あまり耳にしない。


今日一般的に仕立てられているヒヌカン(筆者宅)


払い清め 翌年の祈願
ウガンブトゥチ


沖縄では旧暦の12月24日(新暦2025年1月23日)は火の神が昇天し、その家の一年間の出来事を天の神に報告する日とされ、「ウガンブトゥチ(御願解き)」が行われる。屋敷願いをし、ヒヌカン周辺の「すす」を払って、屋敷を清める。一年間の感謝をして、天の神に「いいことだけを報告してください、来る年も一家にとって良い年でありますように」と祈りを捧げるとされている。

すすはその年の悪事を書きつづったメモらしく、すす払いは証拠隠滅だという説もあるから面白い。昨今、家庭のキッチンの主流になってきたIHクッキングヒーター。「火のないところに煙は立たぬ」という格言があるが、IHは煙が立たないので、子どもにすすの説明をするのも窮してしまう。

そのすすの元となる煙だが、沖縄のわらべうた「ちんぬくじゅうしい」(作詞・朝比呂志)では「アンマーたむのー きぶとんどー きぶしぬきぶさぬ 涙そーそー」と歌われている。「きぶし」とは煙のことであり、わらべうたの訳は「お母さん薪が煙たいよ 煙が煙たくて涙ぼろぼろ」となる。


薪を燃料としていた時代のカマドとヒヌカン(石垣やいま村)


立ちのぼる煙
所帯数の把握にも

さて、「石垣方言辞典」(宮城信勇著)によれば、煙の意味を表す言葉に「キブリゥ」があるという。ほかにも、家や所帯を数える単位の「戸」や「軒」、また「暮らし」や「生計」の意味として使う言葉と記されている。

八重山の人々はカマドから立ちのぼる煙をみて、ピゥトゥキブリゥ(一戸)、フタキブリゥ(二戸)と家を数えたのだろう。同様なことが、「神と村」(仲松弥秀著)からも読み取れる。「カマドの煙は家をあらわし、その火は家族を養育する」と書かれており、まさに「煙=所帯・家」であることが実感できる。

冒頭の悩んでいた施主の話に戻るが、「長男だから仕立てるべきだ」、「次男だから三男だから、ヒヌカンは不要」、という考え方はいかがなものだろうか。

狭小な土地に親子2世帯住宅が増えてきた今日。同じ屋根の下に暮らす親子であろうと、きょうだいであろうと所帯が異なれば、台所はそれぞれ設けるであろう。

その家族の願いや祈りを捧げるのがヒヌカンの意義とすれば、各家庭ごとに必要であることが先人の言葉や教えに秘められているような気がする。


集落の各家の台所から立ち上がる煙で所帯をカウントしたと言われている(竹富島/画像一部加工)


 

てるや・かんこう
1957年、石垣島新川生まれ。明治大学工学部建築学科卒、住宅やリフォーム、医院、こども園など幅広く設計活動中。「日本建築士会連合会優秀賞」「全国住まいのリフォームコンクール」など受賞歴多数。沖縄民俗学会会員。著書に「記憶を刻む家づくり」がある。
電話=098・859・0710
http://www.treppen.jp

毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第2031号・2024年12月6日紙面から掲載

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