建築
2022年2月11日更新
[沖縄]フクハラ君 沖縄建築を学びなおしなさい[12]|自習編・ハジヌバサー
一級建築士である普久原朝充さんが先輩建築士に話を聞き、沖縄建築を学びなおす本連載。今回は自習編として、本などに残っている先人たちの語りを基に、「増築」を意味する「ハジヌバサー」についてまとめた。
ハジヌバサー
ハジヌバサーとは、「増築」を意味する沖縄方言。沖縄では、雨掛かりの軒下部分を「アマハジ(雨端)」と呼んだりするが、その建物の端部分を延ばすことを指す。ハジヌバサーに着目すると、戦後沖縄の変遷が見えてくる。
2021年12月10日発行号で紹介した與儀清春さんが書斎に使っている家も、実はハジヌバサー建築。1955年に建てられた木造住宅の母屋(右側)と、コンクリートブロック造の離れがあり、この二つの棟をつなぐように屋根を架けた部分が入り口になっている。母屋は改修工事もされている。與儀さんは、「私の住まいの変遷」の取材・編集にも関わった。
参考にした本
1988年発行、沖縄県建築士会編『沖縄建築第22号』の表紙
上写真の会報誌の特集「私の住まいの変遷」の1ページ
沖縄建築の歴史や家族の在り方が垣間見える
時代の変化を刻む増築
建築はさまざまな影響を考慮して形づくられる。法律や経済だけでなく、その地域の風土・環境や、慣習にも影響を受けて、建築は他地域とは異なる独自の特色を帯びる。
その特徴は、有名無名を問わずどのような建築にも現れる。その現れ方は決して洗練されたものとは限らないが、日々の生活の中から何かしらのニーズを満たそうとする工夫の末に産み出されたものだろう。
そんなことを考えているものだから、街歩き中に何げない建物を見てもついつい計画者の意図を読み取ろうとしてしまう。
スージグヮーのような細い路地に残る木造住宅などを見ていると増改築の痕跡が多いことに気づくだろう。そしてどのように増改築したのだろうかと探偵のように観察し推理するのだ。
1988年発行の沖縄県建築士会の会報誌『沖縄建築第22号』には「私の住まいの変遷」という特集が収められている。古老の方々に、どのような住まいに移り住んできたのかインタビューした内容だ。皆さまざまな人生を歩まれているが、共通した語りも出てきて興味深い。一部を抜粋する。
「…トタンは配給、材料はトゥ・バイ・フォー、2間に3間の6坪程で、台所はハジヌゥバサーでつくりました。次に赤瓦ブキの家をつくり、引き続き、昭和40年に、台風に強いという事で、コンクリートで増築をしました」
「最初は借家でした。人の家に自分で材料を持って来てハジヌバサーして、お金を払って借りて住んでいました」
「最初は6坪の瓦ブキで、B円の3万6千円かかりました。その家を、配給のトタンを利用して、端ヌバサーして広げましたがね…」
「ハジヌバサー」という沖縄方言が目につく。ここでのハジヌバサーとは、建物の「端を延ばす」ことから転じて「増築」を意味する。意識せずに使われているこの言葉が沖縄建築の特徴のひとつを捉えていると感じた。
工夫あふれる手法
戦後の木造住宅のほとんどは、台風対策としての隅部の補強や、水回りの設備更新のためにコンクリートブロック造の増築部分が設けられていることが多い。また、建物と塀の間にトタンで屋根を架けて屋内化することで、子どもの誕生などによって新たに必要となった部屋を捻出していたりもする。
沖縄の鉄筋コンクリート造住宅でよく見かける、柱だけで構成された1階空間のピロティや、屋上から柱が突出した「角出し」なども将来的に増築することが可能な余白空間として意識されている。垂直方向のハジヌバサーを前提とした計画だ。
戦後続いた人口増加の影響や、旧盆行事などで親族が多く集まる慣習、車社会への対応など、時代のさまざまな変化に合わせて増築を繰り返してきたことがうかがえる。
近年は、「減築」という言葉もテーマ化されている。閉店した1階店舗の壁をぶち抜いて駐車場に転用するなどのケースもよく見かける。減築型のハジヌバサーといったところか。
ハジヌバサーには、沖縄の歩んだ戦後史や家族の在り方が刻み込まれている。
街で見かけたいろいろなハジヌバサー(写真は筆者が研究用に撮影したものの一部です) 建物とブロック塀の間に屋根をかけて半戸外化してしまうスタンダードなハジヌバシ手法
1階ピロティや屋上角出し部分など、将来の増築可能性が考慮された様式で、ハジヌバサーの思想が感じられる
RC造平屋の住宅とブロック塀との間を波形トタンでつなぎ、屋内化している例。敷地角の隅切り部分の角度にも合わせて丁寧に加工していることが見て取れる
ひと目では分かりづらいがコンクリート造(右側)の隣に、鉄骨造で増築した(左側)と思われる。鉄骨製の柱や梁(はり)の一部が見えているほか、雨水処理のための屋根勾配が若干異なる点などから推察
1960~70年代頃の建物だろうか。2階に柱・梁で囲われた大きなテラスがあるのが特徴。洗濯干し場等にも活用でき、将来増築も可能な空間となっている
木造住宅が先で、鉄筋コンクリート造部分を増築したと思われる。上手に融合しているので、どのように施工されたのか興味深い建物
将来のハジヌバシを想定して水平方向に角出しした事例。たまに「槍(やり)出し」と称する人もいる
上り下りできない階段は、増改築により当初の役割を失ってしまったケースが多い
減築型のハジヌバサーといったところか。元はスーパーマーケットだったが閉店後、間仕切り壁等を撤去して駐車場に転用されている。所々に以前の仕上げが残っている
木造瓦屋の北側にブロック造の水回りをハジヌバシしたと思われる。断水対策および安定した水圧での給水のためにタンクも設けられている
田上健一著『拡張する住宅』(三省堂書店)では、沖縄の鉄筋コンクリート造住宅でよく見かけるピロティや角出し、大きなテラスなどの余白空間を増築して拡張する住宅の事例が数多く取り上げられている。
従来の手法だと計画者からのトップダウン的になってしまう。それに対し、数々の増築事例のように、住み手によるボトムアップから生まれる型にも柔軟に対応できるような計画が求められることが説かれている。
鉄筋コンクリート造には増築した痕跡が判別しづらいケースもある。しかし、本書を読めば、多様なハジヌバサーがあると分かる。
[文・写真] 普久原朝充
ふくはら・ときみつ/1979年、那覇市生まれ。琉球大学環境建設工学科卒。アトリエNOA勤務の一級建築士。『沖縄島建築 建物と暮らしの記憶と記録』(トゥーバージンズ)を建築監修。
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毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1884号・2022年2月11日紙面から掲載