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2023年7月21日更新
天井裏から聞こえる謎の音 その原因は…|インスペクションで解明 住まいのミステリー 第4話
文・下地鉄郎(インスペクション沖縄メンバー、既存住宅状況調査技術者)
インスペクションとは?
専門の資格を持つ建築士が建物の状態を客観的に診断する「建物診断」のこと。劣化具合の確認や、補修や改修のアドバイス、専門的な測定や耐震診断など、どこまで詳しく調べるかは相談内容によって変わる。
用途として最も多いのは、不動産取引のための劣化具合の確認。改修か建て替えかで迷っている人からの相談や、雨漏り・カビの原因究明などもある。
第4話(一人暮らしをする母の寝室)
頭上に潜む50㌢の塊
依頼内容
離れて暮らす高齢の母は、築60年の鉄筋コンクリート造平屋建て住宅に1人で暮らしている。これまで雨漏りやヒビ割れなどは何度もあったが、そのたびに補修をしてきた。そんな中、夜中に天井裏から変な音がすると母から相談があった。音の正体を調べてほしい。
現場の特徴
・天井裏からパラパラという音。昼間も聞こえることはあるが、静かな夜中に特に聞こえる
・鉄筋コンクリート造だが、部屋は板材などの内装材で覆われている
・天井裏への点検口はない
・雨漏りやヒビの補修などのメンテナンスは父がしていた
・屋上には父が手作りしたコンクリートブロック造の小屋
不 安とためらい
今回の依頼は、母を心配する息子のAさんから。電話でヒアリングしてみると「夜中に時々、母の寝室の天井裏でパラパラと音がするみたいなんです。最初はネズミかと思ったそうなのですが、一人暮らしということもあり不安になってきたみたいで」と話す。
建物は築60年の鉄筋コンクリート造平屋建て。図面類は残っていない。雨漏りやヒビ割れは、器用な父が自分で防水工事や補修工事などのメンテナンスをしていたという。
しかし、父が亡くなり、ヒビも目立ち始めた。そのためAさんは、同居を前提としたリフォームや建て替えの話を母に持ちかけたが「父と過ごした家に手を加えることにためらいがあるほか、息子にお金をかけさせるのも悪いと思っているようで、母は『今のままでいい』の一点張りです」。
そこでAさんは音の原因だけでなく、家があと何年持つかも調べるためにインスペクションを依頼したのだという。
とりあえず音については以下の仮説を立てて調査に入ることとした。
外壁に発生しているヒビ。幅は0.15ミリほどなので、それほど問題ではない
天井裏を確認する様子
仮説
築60年であることから、天井裏からの異音は「爆裂」によるものだと考えられる。これは、コンクリート内の鉄筋がさびて膨張することで、コンクリートが崩れてしまう現象。今回のパラパラという音は、屋根スラブから崩れたコンクリート片が天井裏に落ちる音である可能性が高い。
散 乱する大小の塊
現地調査ではまず、Aさんの母に話を聞きつつ室内を見て回る。床下は畳をめくって確認し、天井裏は点検口が見当たらないため押し入れ内の天井板をこじあけて確認した。
すると、床下は問題なかったが、天井裏には大小のコンクリート片が散乱=下写真。屋根スラブや梁から剥がれ落ちたものらしい。
やはり異音の正体は、爆裂によってコンクリート片が落ち、天井板に当たる音だった。寝室の上にあった塊は特に大きく、50㌢近くもある。就寝中に天井を突き破っていたらと考えると本当に恐ろしい。
その後、天井裏内のコンクリート片の分布を記録。写真や分布図をAさんの母に見せて、早急な対応が必要であることを理解してもらった。
音の原因 鉄筋さびて爆裂 コンクリ剥落
天井裏の様子。梁(赤四角部分)のコンクリートが剥がれて落ちている。剥がれ落ちたコンクリート片が天井板に当たる際にパラパラと音が鳴っていた
小 屋の重みで負荷
異音の正体は分かったが、爆裂の原因は一体どこか?
それを探るため、続けて外回りを確認。柱や軒下にはこれまでの補修跡がいくつも見られる。打診棒でコンクリート面をたたいたりこすったりする際の音を確認すると、部分的に表面のヒビや内部の浮きがあることが分かった。だがいずれも問題ない程度だ。
外階段は滑りやすく、高さもあるが、上ると眺めのいい屋上へと続く。屋上床面のコンクリートには、防水や塗装が何度も施された痕跡が見られる。しかし水勾配が緩い範囲があるようで、雨が降った後などに水がたまることがあるという。
一角には小屋があり、中には洗濯機などが置かれている。Aさんの母は「洗濯する時は毎回ここに上ってきます。この小屋は夫がコンクリートブロックを積み上げて作ったんですよ」と話す。
これらのことから、爆裂の原因は「屋上の小屋の重み」と「小屋の壁に使われた無塗装のコンクリートブロックや水たまりから雨などがしみ込み、屋根スラブや梁内の鉄筋を酸化させたこと」だと考えられる=左上断面図。
補修を繰り返していた外回りに比べて、天井裏は点検口が無かったこともあり、劣化を発見しにくかったのだろう。
今回の爆裂発生の仕組み(断面イメージ図)
屋上小屋の壁に使われているコンクリートブロックや水たまりから雨などがしみ込み、屋根スラブ内の鉄筋が酸化。小屋の重さも加わり、爆裂が発生した。
補 修で当面の安心
Aさんが心配していた建物の耐久性について調べるため、シュミットハンマーを用いてコンクリート強度を測定し、鉄筋探査機で柱や梁の鉄筋状況も確認した。
シュミットハンマー。打撃を加えた衝撃でコンクリートの強度を測っている
異常値は出ず、コンクリートそのものの強度は問題ない。だが、屋根スラブについては内部の鉄筋のさびとコンクリートの中性化が進行していることが予測できた。
そのためAさんには、屋根スラブや梁を補修した上で、屋上の小屋を解体し、適切な防水工事もすれば、10~15年は持ちそうなことを伝えた。
■ ■ ■
その後、Aさんから工事を行ったという連絡をもらった。小屋は解体したそうで、外階段で母が転ぶ心配が減ったという。Aさんの母も「工事してよかった」と言っているそう。天井裏の音は、「安心して住める状態になるように」という、Aさんの父からのサインだったのかもしれない。
解決策・アドバイス
◆補修・改修工事をするかどうかは、「この先何年住み続けたいか」や予算に応じて変わる。どうするか判断できるよう、Aさんには「屋根スラブ・梁の補修方法」「屋上の小屋解体と防水方法」「外回りのヒビや浮きの補修方法」と、それぞれのコストの目安を伝えた。
◆分かりやすい場所に天井裏の点検口を設け、定期的に確認する。
◆パラパラという音がしたり、天井がたわんできたらすぐに天井裏の確認を。コンクリート片が天井裏に落ちている可能性がある。コンクリート片は天井板を突き破ることもあり、そうなると大きなケガにつながる
◆屋上に何かを作る際は、防水性や重さはもちろん、メンテナンスのしやすさについても考慮する必要がある。
しもじ・てつろう/一級建築士、(株)クロトン代表取締役
電話=098・877・9610
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1959号・2023年7月21日紙面から掲載