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2017年6月23日更新

ひめゆり同窓会館 改修[那覇市栄町]|乙女たちの誇り 伝える場へ再生

[愛しのわが家・まち/慰霊の日企画]看護要員として沖縄戦に駆り出された「ひめゆり学徒隊」。戦は乙女たちの命を奪い、その学び舎をも焼き尽くした。生き残った同窓生は母校の誇りを残すため、そして平和発信の拠点として、校舎のあった那覇市栄町に「ひめゆり同窓会館」を建てた。ホールや同窓生のための宿泊施設を有した会館も、築50年がたち利用頻度が少なくなっていたことから、ことし改修。一般の人も利用できる施設へと生まれ変わる。

女師・一高女がここに

5月のある日、栄町市場のど真ん中。つり下がる「ひめゆり同窓会館」の看板に導かれ階段を上ると、軽やかな歌声が聞こえてくる。
中に入ると、改修工事が始まっているそばで、同窓生たちがコーラスの練習に励んでいた。天井が取り払われて配線はむき出し。本棚はガラガラ。それでも同窓生たちはピアノとパイプ椅子を並べ、声をそろえる。
「私たちにとって、とても大切な場所なの」。同窓会長の玉城節子さん(88)は語る。
戦前、現在の栄町一帯にはひめゆり学徒隊の母校である「沖縄師範学校女子部(女師)」や「県立第一高等女学校(一高女)」があった。約8000坪もの敷地には、校舎や講堂、体育館や寄宿舎などが並んでいた。中でも生徒たちの自慢は県内唯一の学校プールだ。「天下に誇れる学校だった」。節子さんは胸を張る。
だが沖縄戦は、乙女たちの笑い声もろとも焼き尽くした。戦後、米軍の資材集積所になり、学校の面影は消えた。
それでもなお、同窓生たちはかつての学び舎を守ろうと必死になった。同窓生の本村つるさん(92)は先輩の行動に胸を打たれたと言う。「自分の家すら焼けて無くなったのに、とにかく駆けつけて『ここは私たちの学校だ!』って、焼け野原になったそこを縄で囲い、土地を守ろうとした方もいた」。
その後、市場として使われていた土地をなんとか取り戻し、1968年、母校の誇りを残す場として、平和発信の拠点として、「ひめゆり同窓会館」が建てられた。

ひめゆり同窓会館(那覇市栄町)改修|funokinawa
会館の2階は毎月1~2回、同窓生がコーラスの練習に使用。改修工事が始まってなお、約20人が集まって声をそろえていた。コーラス後は机を並べ、皆で弁当を食べる。ここに学校があった当時も、こんな光景が見られたのだろう=5月24日、那覇市栄町


栄町市場の中、階段を上った先にある「ひめゆり同窓会館」。表からは見えないので、ここに「ひめゆり」の建物があることを知らない人も多い


改修を手掛ける建築士、下地さんのタブレットには、同会館の昔の写真が何枚も入っている。見ているのは、1968年に設立した時のセレモニーの写真。2階のホールの南西側を指さし、「ちょうどこの辺りで行われていたようです」。今と昔の写真、そして未来の青写真を重ね合わせながら「歴史を味わえる場所にしたい」と話す​


一般の人も泊まれる施設に 7月開業予定​

「ひめゆりピースホール」も

ことし6月に入って工事が本格的に始まり、歌声は一時的に消えた。
1階はそのまま市場(店舗)として活用。
コーラス活動などで使用していた2階は天井を上げ、これまで通り講座や会議などに使える「ひめゆりピースホール」に。
同窓生の宿泊施設だった3階は四つの個室と大部屋一つを有する「リリィホステル」とし、一般でも宿泊できる施設になる。
改修を手掛ける建築士の下地鉄郎さん(42)は、状態の良さに驚いた。「屋上防水が定期的にされており、スラブの剥がれがほとんどない。築50年で、これはまれ。大事に使われてきたのでしょう」。
同窓生の思いが詰まった建物を、下地さんは「もともとの造りを生かし、ひめゆりの歴史が感じられる場所にしたい」と話す。
間取りは変えず、レトロなすりガラス窓、懐かしい色合いの床材も生かす。身長180センチの下地さんが身をかがめなければ入れない、低めのドアもあえてそのままだ。「女性が使う場所だったからか、全体的にコンパクトでかわいらしい」味わいを残す考えだ。
開業は7月中旬~下旬を予定している。
戦後を伝える建物が次々と消え行く中、ひめゆり同窓会館は「ここに、この建物がある意味」を再確認し、新たな歴史を積み重ねる。


同窓生の宿泊施設だった会館の3階。撮影した6月14日は、畳や照明などを取り替える工事をしていた。


男子トイレだった場所はシャワールームへ変更する。三つのシャワーユニットの設置工事中。建築士の下地さんは「もともとの味を残したいので、変えるのは2~3割。あとはきれいに清掃して、そのまま使う予定」と話す


改修前

既存の味残し「リリィホステル」へ
個室の高窓には、今はもう製造されていないすりガラス窓が使われている 居室のドアの高さは約175センチと低め。下地さんは「女性が使うことが想定されていたからか、全体がコンパクトな造りになっている」と話す 昭和レトロな暖色の床材。「40年~50年前の建物でよく見るタイプ。当時、はやっていたのかもしれませんね」 懐かしい雰囲気の床の間もそのままにする。おばあちゃんの家に遊びに来たような感じ シャワー室のタイルや窓のカギなど「細かいところも見てほしい」と下地さん


「リリィホステル」「ひめゆりピースホール」に関する問い合わせはNPO法人流・動・体
ryudoutai@gmail.com
 


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1642号・2017年6月23日紙面から掲載

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スタッフ
東江菜穂

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編集者
週刊タイムス住宅新聞、編集部に属する。やーるんの中の人。普段、社内では言えないことをやーるんに託している。極度の方向音痴のため「南側の窓」「北側のドア」と言われても理解するまでに時間を要する。図面をにらみながら「どっちよ」「意味わからん」「知らんし」とぼやきながら原稿を書いている。

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