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2022年9月9日更新

[建築探訪PartⅡ(27)]比嘉暢子の実家(沖縄本島ヤンバル)

次世代に残したい沖縄の建造物の歴史的価値や魅力について、建築士の福村俊治さんがつづります。文・写真/福村俊治

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ちむどんどんから学ぶ沖縄の建築と人生

比嘉暢子の実家(沖縄本島ヤンバル)

NHKの朝の連続ドラマ「ちむどんどん」を毎日楽しく見ている。日本復帰50周年記念のこのドラマは、本土とは異なる沖縄の歴史文化を、身近な言葉や料理を介しながらさまざまな人々の出会いや出来事を描いている。私のように本土出身で沖縄に暮らす両地域を知る者は理解できても、片方しか知らない人にとってはどこか違和感のあるドラマに違いない。大切なのは、それぞれ地域の歴史文化や習慣の違いを認め合うことだと思うのだが、そうは簡単にいかず、明るく悪戦苦闘しながら解決していくのがこのドラマの見せ場である。目まぐるしく話は進み、1日も見逃すわけにはいかない。

さて建築設計に携わる私にとって一番興味深いのは暢子たちのヤンバルの実家である。今や少なくなった伝統的木造住宅で、父賢三が造った緑に囲まれたセメント瓦葺(ぶき)の素朴な住まい。実はこの住宅はスタジオセットだが、実によくできている。仏壇、雨端(アマハジ)、低い軒先、そして部屋の真ん中の古材の柱にはホゾ穴まである。一日中開けっぴろげで戸締まりもしない。泥棒や台風対策はハブや蚊がこないのかと心配する。しかし、高気密高断熱や省エネ、そして耐震性や防犯ばかりが話題になる現在、家族のあり方や自然との関係など示唆に富み、忘れつつある大切な空間がここにはある。

住宅内部と外部が連続し、間仕切りもなく、部屋内から常に庭の緑が見える。そしてそこには空間の広がりや心地よい自然の光や風が導かれ、懐かしい家族の泣き笑いの会話がある。建物自体はなんら特別な資材や工夫がされているわけではない、むしろ何もなく、庭の自然の緑が見えることで、豊かでぜいたくな生活空間が生まれている。



暢子の実家の外観。海と山の間、亜熱帯植物の緑に囲まれる。父賢三が造ったセメント瓦葺きの木造住宅。開けっぴろげの住宅。玄関も間仕切りも無いオープンな住宅は心地よい風が吹き、虫の音が聞こえ、庭の美しい緑が見える、まさにリゾート住宅。(「ちむどんどん」HPより)


庭から雨端と室内を見る。手前にある二番座が家族のダイニング・リビングルーム。いつも仏壇のあるこの部屋で家族はワイワイガヤガヤ、笑いや楽しい会話がある。何もない殺風景な部屋のはずだが、室内からは常に庭の緑が見える。(「ちむどんどん」HPより)


バワの建築そのもの

スリランカを代表する建築家ジェフリー・バワ(1919~2003)は、それまで欧米志向一辺倒だった南・東南アジアの近代建築を大きく変えた。彼は各地域の伝統的建築の手法を使った環境に合うトロピカルスタイルのホテルや住宅を手がけた。空間の連続性、半戸外空間の多用、地形や地場の植物の活用など熱帯や亜熱帯の気候風土を生かした親しみのある、どこか懐かしい建築だ。

暢子の実家は、バワの建築そのものだ。一般的に言われるインテリア、例えばカーテンや壁紙、凝った家具や照明器具、そして室内には色さえない。しかし、そこには素晴らしい自然を生かした沖縄らしい心地よい空間がある。自然環境に恵まれた沖縄ではインテリアは必要ないのではないかと思うほどだ。

このドラマはあと3週間で終わる。どうなるのか目が離せない。こんな建物に暮らし楽しい人生を過ごしたい。
ジェフリー・バワの建物はかつての沖縄の住宅のように戸外に開かれている。そこにはいつも半戸外空間と、緑、心地よい影があり、風が通り抜ける。
 

ジェフリー・バワ作品集の表紙、Thames&Hudsonより


[沖縄・建築探訪PartⅡ]福村俊治
ふくむら・しゅんじ 1953年滋賀県生まれ。関西大学建築学科大学院修了後、原広司+アトリエファイ建築研究所に勤務。1990年空間計画VOYAGER、1997年teamDREAM設立。沖縄県平和祈念資料館、沖縄県総合福祉センター、那覇市役所銘苅庁舎のほか、個人住宅などを手掛ける

毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1914号・2022年9月9日紙面から掲載

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