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2020年12月4日更新

「心のよりどころ」 としての風景づくり[沖縄らしい景観まちなみづくりシンポジウム]

沖縄県が主催する「沖縄らしい景観まちなみづくりシンポジウム」が11月26日、県立博物館・美術館で開かれた。「心のよりどころ」をテーマに、田中尚人氏(熊本大学准教授)による基調講演とパネルディスカッションが行われた。2016年の熊本地震の際に大きな被害を受けた益城町で住民参加型風景づくりから復興に取り組む田中氏は、「心のよりどころになる風景は、住民の生活や生業が表れるふるさとの風景。当たり前過ぎて気付かなかったその良さに気付き、自分事として住民自らが風景づくりに関わることが大切」と話した。パネルディスカッションでも同様に地域のコミュニケーションが大切だとし、生活が見える風景づくりなどについて討論した。(川本莉菜子)

 基調講演  田中尚人氏(熊本大学・熊本創生推進機構 准教授)


復興のまちづくり
当たり前の風景がカギ

心のよりどころとなる風景には、熊本城や首里城のように万人の心のよりどころになる風景もあるが、地域に住む人々の生活や生業が表れる、ふるさとの風景も心のよりどころになります。16年4月に起きた熊本地震の際、大きな被害を受けた益城町。復興まちづくりに関わるにあたって、身近で当たり前にある風景を取り戻す・生かすことが復興につながると考え、住民参加型の地域づくりに取り組んでいます。住民それぞれが自分事として考え、あるものを生かして挑戦し、「自分たちが街を復興した」と自負できることが大切です。

外からの視点やまち案内で再認

「もともと何の取りえもないムラだが、被害を報道で取り上げてもらえない。このままでは仮設住宅に移り住んだ人たちも戻って来ず、ムラが終わってしまう」。益城町に立ち上げた研究所に来た住民の、悲痛な声。まずは地域の現状を知ろうと、学生らを連れてまちあるきをしました。案内する住民が「いいところなんて何もない」と口にする中、学生たちの目が輝いたのは、畑が広がる風景。住民にとっては当たり前でも、よそからきた学生にとっては懐かしさを感じる魅力的な風景に映ったのです。

まちあるきに加え、炊き出しや祭り、地域行事体験などの住民参加のイベントを重ねるうち、住民自身が今まで気付かなかった地域の魅力に気付き、「いいムラなのかも」と見方が変わっていきました。地域を案内するうちにその良さに改めて気付き、シビックプライド(地元への誇り)が芽生え、「ふるさとの良さとは何か」「生かせるものは何か」を、自分たちで考えるようになりました。

挑戦して得た達成感がバネに

「新たなチャレンジ」になったのは、初めて地元の中学生を巻き込んだ、映像作成プロジェクト。被災から2年たった「町の今」を紹介し、次世代に伝えることが目的です。CM制作や映像撮影のプロが講師になり、中学生自ら題材選び・ロケなどのスケジュール管理・リポートなど全てをこなしました。勉強や部活で忙しい彼らがどこまでできるか心配はありましたが、大人が本気を見せれば子どもたちも本気でやる。その力は想像以上でした。先生と生徒という縦の関係だと「やらされている感」が出やすいですが、小中学生と近所のお兄ちゃんのような“斜めの関係”が学び合いや挑戦を促しました。子どもも大人も、自発的に取り組むことで達成感が得られ、次のことにチャレンジしようとします。また、楽しい思い出として残ることも重要です。

当たり前過ぎて良さが分からない風景の中に、地域と自分自身、生活、そして生業との関わりがあります。風景・まちづくりは手段であって、目的はその街で暮らし続ける、自分の暮らしを良くすることです。


まちあるきした学生が最もテンションの上がった風景は、田畑が広がる田園の風景だった


住民だけでなく、他地域に住んでいる子や孫を呼んで花見会。ホタル観賞会や伝統の祭りなど、住民が率先してイベントを開催するようになった


映像制作をする地元の中学生。完成した作品は文化祭で放映され、涙を流す観客もいたという




 パネルディスカッション 
不可欠なのは人・コミュニティーづくり
生活息づく風景が資源

第2部では琉球大学名誉教授の池田孝之氏をコーディネーターに、「心のよりどころとなる景観を残し、守り、創りあげていくためには」について討論。田中氏に加え、建築設計に携わる金城傑氏、土地活用やまちづくりに携わる山城伸也氏、観光業に携わる崎原真弓氏がそれぞれの視点から意見を述べた。

 
コーディネーター・池田孝之氏(琉球大学名誉教授)


金城傑氏(沖縄県建築士会会長)


崎原真弓氏(てぃーだ観光取締役代表)


山城伸也氏(大鏡建設開発事業部長)


登壇者全員が、風景づくりにおいて「人づくりやコミュニティーづくりは欠かせない」と口をそろえた。その上で金城氏は「スージグヮーはユンタクの場、子どもたちの遊び場になり、沖縄の原風景が感じられる。人が集まってユンタクできる場が減ってきているが、家で言うナー(前庭)やテラスのように、緑陰のあるスポットを街中に創出すれば、人が集まってにぎわいも生まれるのではないか」と、通りを介したコミュニケーションの場づくりに言及した。また、崎原氏は「カー(湧水)や御嶽は沖縄の人々が命を紡いできた場所。文化財は未来を担う子どもたちが歴史や文化を学ぶ場であり、伝えていくことが大事。案内すると観光客にも喜ばれる場所でもり、未来に残していくべき」と、歴史学習や観光資源としての文化財の保全を説いた。

「土地活用の面では建物単体での差別化が難しくなってきた。アパートの入居率を上げるためにも街の魅力の向上は欠かせない」と山城氏。一方で、「街の魅力となる景観やまちづくりの必要性を物件オーナーに分かってもらえないこともある。まちなみや街のにぎわいについて住民みんなで議論し、参画する場が必要」と述べた。


沖縄の旧集落などによく見られるスージグヮー。「緑の濃さや鉄筋コンクリート造の家々も沖縄らしさを感じる風景」と田中氏(写真はイメージ)​


専門・企業・行政別に役割

「まちづくりでよそ者が地域に入り込むにはどうすればいいか」という会場からの質問に対し、田中氏は「よそ者はよそ者。実際、地域に入り込めていないと感じる。だが、よそ者や学生などの若者の視点が気付きにつながり、彼らができるなら自分たちもできる、と住民自らが動くことで活動の連鎖を起こせる」と回答。山城氏は「ワークショップを開催し継続していくことや、まちを変えようと声を上げる仲間をつくることに壁を感じている。だが、できることをやっていくしかない。声を上げた時に支援してくれる行政の力も必要」と話した。

池田氏は土木の整備スケールに触れ、「インフラ整備など大きなスケールでは取り扱えない“小さな土木”が課題。例えばスージグヮーは誰が整備するのか、商店街の活性化のキーマンは誰が担うか考えた時、そこに住む人、働く企業といった民間によるまちづくりといった小回りの良さが求められているのではないか」と話した。

来場していた職業能力開発大学校2年の仲本滉輝さん(21)は、「まずは街へ出る、人と話すなど、自分の足を動かしてやれることをやることが大事なんだと感じた」と話した。大城茉綸さん(19)は、「建物がまちづくりに大きく関与するのは知っているが、まちづくりには人材育成が大事だと気付かされた。設計の視点に少しでも人を育てる視点を入れ込んでいきたい」と話した。 


来場者は61人。同時に動画サイト「YouTube」でも配信し、その視聴者数は71人。同サイト「沖縄風景シンポジウム」チャンネルでアーカイブが観られる​
 

編集/川本莉菜子
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1822号・2020年12月4日紙面から掲載

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