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2019年6月14日更新

名護のパノラマ 山上の特等席で(名護市)|オキナワンダーランド[39]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

Subaco(名護市)


数十年前に建てられた古い展望台を大改修してビジターセンターに生まれ変わらせた名護城公園のSubaco。そこは海、空、森、街の大パノラマを一望できる“特等席”だ
 

「浦々の深さ 名護浦の深さ(深く入り組んだ湾は多くあるけれど、最も深く入り組んでいて美しいのは名護浦だ)」

 昔の人が歌に詠んでたたえた名護湾の海と、中世に城があったとされる名護岳の森。七色に表情を変える空。やんばるの中心都市、名護の街並み。その全てを一望するとっておきの“特等席”がある。名護城(なんぐすく)公園のビジターセンター、「Subaco(すばこ)」だ。

「こんな高さから名護の街や名護湾を見渡せる場所はおそらく他にないでしょうね。まるで自分が城の主にでもなって天下を取ったかのように錯覚するくらい、すばらしい眺望です」

そう話すのは、Subacoを運営する鮫島智行さん。公園の頂上付近にあった旧「さくら展望台」が、数年前の大改修によってカフェ兼ビジターセンターに生まれ変わる以前からこの公園の活性化に携わる。

「桜のお花見シーズンは人であふれますが、それ以外の時期はそれほど利用者が多くなかった。これほどの眺望に恵まれているのにもったいない、年間を通して利用してもらいたいと、管理者である県が取り組みの一環として当施設を整備しました」

鮫島さんの本業は経営コンサルタント。その視点から見ると、名護城公園は“眠れる宝”。大きな可能性を秘めている。

「高速道路の許田インターから車で10数分という近さながら、本格的なやんばるの自然を堪能できる貴重な場所です。野鳥も多く飛び交うやんばるの森に身を置く楽しさを体験できます」

鮫島さんらの働きかけもあって、旧展望台を改修して、利用者などから要望が多かったカフェ付きのビジターセンターに造り替えることが決まった。設計者は、若手建築士を対象に県が開いたコンペで選ばれた。当時31歳だった蒲地史子さんだ。

「美しい森と、いつ来てもはっとするようなすばらしい眺望。つくりたかったのは、ここにあるそうした“財産”を際立たせる建物でした」

「来る度にどんどん違う表情を見せてくれる」景色の美しさを引き立たせるために、「建物は自己主張しないほうがいい」と考えた蒲地さんは、外壁やアルミサッシや床の色を黒に統一。建物全体が大きな木陰のように見える工夫をした。

「森の木陰の色に同化させるためです。建物を目立たせたくない一心でした」

完成した建物は、蒲地さんのそんな意図をいい意味で裏切った。名護のパノラマを一幅の絵のように眺められるガラス張りの壁と基調色の黒とを組み合わせたスタイリッシュな建物は、沖縄建築賞を受賞。今では建物目当てに公園を訪れる人もいる。

「内心、利用者に来ていただけるか不安でした。かなうことならこの施設を通じて、桜の時期でも何でもない普通の日の夕日がこんなにも美しいのか、と感動を味わっていただきたい」

Subacoという名前は、鳥が森に飛び交うように、人々がこの施設に行き交い、新しい何かを育んでほしいとの願いを込めて鮫島さんらが付けた。行き交う人は年々増えている。何でもない日の夕日の美しさに心を打たれる人も。眠れる宝だった公園の可能性がSubacoの誕生によって目覚めつつある。



名護湾と街を見下ろす名護岳の中腹に、ガラスのオブジェのように浮かぶ。黒に彩られているのは、「建物が目立ち過ぎず、森の木陰の色に溶け込むように」という設計者、蒲地史子さんの配慮



館内も黒を基本にまとめられており、まるで映画館でスクリーンを眺めるような感覚で窓の外の景色を楽しめる。丸い柱や天井や床は、旧「さくら展望台」当時のもの。現在の耐震基準に合うように補強するなどして生かした



入館は無料。飲食物の持ち込みも自由だが、施設オリジナルのソーダや有機栽培豆をひいたコーヒーもおすすめ。「『行ってみたい』と思ってもらえるように、ここにしかない雑貨なども置いています」と運営者の鮫島さん


休憩したりお茶を飲んだりするほかにも利用の仕方はいろいろある。入り口の情報提供コーナー=写真=で園内の自然を学ぶのもいいし、3階の絶景チェアに腰掛けて、「Subaco文庫」の書棚に並ぶ本を読みふけるのもいい


◆Subaco 0980-52-7434(公園管理事務所)

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景





[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<39>
第1745号 2019年6月14日掲載

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