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2019年8月9日更新

風も味わう屋台 つむぐ人との縁(那覇市)|オキナワンダーランド[41]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

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珈琲屋台ひばり屋(那覇市)


那覇の街中にある空き地を利用して営業している露天のカフェ、「珈琲屋台ひばり屋」。コーヒーと一緒に自然の風も楽しんでほしいと本土出身の辻佐知子さんが開いた店はこの夏16年目を迎えた

人生を変えたひらめきは、15年前の冬の夜、帰宅の電車に乗ろうと新橋から東京駅に向かって歩いている途中に訪れた。

「どこかから降って来た、としか言いようのない感じでひらめいたんです。『沖縄で、昼間の屋台をやろう』って。そのまま歩みも止めずにメモを取り出して、どんな屋台にするか、イメージをわーっと走り書きしました」

その3年前、辻佐知子さんは飲食業で働くことにあこがれて会社を辞めた。しかしいざ辞めてみると、飲食業の何をしたいのかが分からなかった。「考えれば考えるほど」はまっていく思考の迷路。そこから救い出してくれたのが、「経験したことのない」強烈なひらめきだった。

「沖縄で働くなんて考えもしなかったのですが、気持ちいい風が吹く沖縄で屋台をやったらきっと楽しいはずと確信が持てたんです。すぐに当時のアルバイト先に辞めますと伝えました」

辞めた翌日に沖縄に飛んだ。しかし屋台をどこでできるかも、営業許可をどうやって取ればよいかも分からなかった。那覇の街中で見つけた「かわいらしい」公園を気に入り、付近の地主らに土地を貸してもらえないかとお願いしたが、「無理ですね」とけんもほろろに断られた。営業許可もなかなか下りず、最初に考えていた朝ご飯を出す屋台は、保健所に全く認めてもらえなかった。それでも粘って、コーヒーの屋台に変更して申請し直し、ようやく許可が下りた。

国際通りの裏手にある三線店が駐車場の一角を貸してくれることになって、何とか「珈琲屋台ひばり屋」の開業にこぎつけた。「長続きしないよ」、「クーラーがない店に人は来ないよ」と言われることもあったが、徐々に固定客をつかんでいった。

「沖縄の最大の魅力って、海でも空でもなく風だと思うんです。田舎なら自然の風は当たり前にある。那覇のような街中にこそ風を必要としている人がいると信じました」

露天の店なので、雨が降ると営業中でも閉めざるを得ない。「閉めた後に晴れてきたりする」沖縄の気まぐれな天気には「15年間翻弄(ほんろう)されっぱなし」だ。借りている土地にしても、マンションやホテルの開発話が持ち上がってこれまでに4度も立ち退きになり、今の場所は5カ所目。だがそうした苦労を打ち消して余りある喜びが屋台にはある。
「何から話せばいいのか迷うくらいに楽しいことがたくさんあって、やめたいと思う気持ちなんて1ミリもないです。雨でずぶぬれの中、うっかり屋台を倒しちゃった時以外は(笑)」

「屋台は私にとって尊いもの」と話す辻さんにとって、屋台の最大の魅力は、「敷居が低いこと」。生まれたばかりの赤ちゃんを連れたお母さんでも、つえをついたお年寄りでも気軽に立ち寄れる。小学5年生が一人で通い続けていたこともある。

「その子が最近結婚したのですが、彼も含めていろんなお客さんが人生の節目節目に立ち寄ってくださる。その人たちの人生にひばり屋の屋台がちょっとだけ参加させてもらっているみたいでうれしいですね」

ひばり屋のベンチに腰掛けて、心地よい風を感じながら一杯のコーヒーを味わう時間が暮らしの一部になっている人たちも、同じことを思っているだろう。


この日朝一番のお客さんは東京から訪れた友人の曽田顕さん。「辻さんのコーヒーはささっといれる割に味がしっかり出ていておいしい。景色付きで飲むからおいしさは2割増しですね」



屋台は2代目。大工をしている友人が辻さんの身長に合わせて作ってくれた。横に伸びるカウンターや屋根後方の庇(ひさし)はパタンと畳める。車輪が付いていて動くので、別の場所から運んできて設営し、店が終わったら撤去する



「初めて見た時に胸がときめいた」この場所に移転して来て2年。通常のカフェ営業のほかにビアガーデンや企画展を開いたりしている。「あれもこれもと、やりたいことがたくさん」と辻さん。小さな屋台から大きな夢が広がる



ひばりは朝を告げる鳥だからと「ひばり屋」と名付けた店で、辻さんが提供したいのは「友だちのようなコーヒー」。「日々何とも思わずに飲んでいて、何かの拍子に『あそこのコーヒーおいしかったな』と思ってもらえたらそれで満足です」

◆珈琲屋台ひばり屋
090-8355-7883


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景





[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<41>
第1753号 2019年8月9日掲載

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