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2018年8月10日更新

本物が持つ迫力 本物が生む感動(南城市)|オキナワンダーランド[29]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

ガンガラーの谷(南城市)


途方もなく長い年月が生んだ自然の造形と、古くは数万年前までさかのぼれる人間の痕跡。今年10周年を迎えたガンガラーの谷は、本物の自然とそこに残る歴史的遺物の価値を伝える


沖縄中のジャングルというジャングルを探検し、シーカヤックで沖縄本島から奄美大島までの数百キロを航海し、雪と氷で覆われた6千メートル級の難峰、デナリ山(旧マッキンリー山)に登頂した経験も持つ高橋巧さんは、これまで数々の息をのむ自然や風景に出合ってきた。それでも15年前、この谷を初めて訪れた時には衝撃を受けた。

「『何だこれは!』と驚きました。大学で地形学を学んだ僕ですが、自分の理解を超えた不思議な地形があったり、かと思えば数百年前から信仰されている古い拝所や発掘調査の対象になるような貴重な洞窟もあった。すごい場所だと直感しました」

谷はその頃、閉鎖状態にあった。ガンガラーの谷とも呼ばれていなかった。1972年に自然公園としてオープンしたが、敷地を流れる川に汚水が流入し、わずか数年で休園になった。「そのまま誰の目にもほとんど触れないまま約30年が過ぎました」と谷を運営する「南都」の執行役員である高橋さんは言う。

当時の谷は、「臭いし汚いし暗いし怖い、誰も近寄りたくない場所」。観光施設として生かすだけの価値があると思う人は少なかった。しかし会社のトップ、大城宗憲氏の考えは違った。

「ある日会長に呼ばれて言われたんです。『高橋君、川の汚染が少しおさまってきたので自然公園を再び公開しようと思う。計画を立ててくれないか』と」

再公開の準備を任された高橋さんは、手始めに谷を探索して回り、「おもしろ探し」をした。おもしろいことは山ほど見つかった。太古の昔に鍾乳洞が崩れ落ちてできた谷のダイナミックな地形や、天を衝(つ)く推定樹齢150年の巨大ガジュマル。500年前から朽ち果てずに残っている木製の墓や、古代人の住居だったとも思われる謎めいた岩穴。数百年前から人々が拝んできたという子宝の神様。谷はまるで天然のテーマパークのようだった。「ここは絶対におもしろい」と高橋さんは確信した。

とはいえ不安もあった。「お客さんもおもしろいと感じてくれるだろうか?」という一抹の疑念が頭をよぎった。だが大城氏の言葉がそれを吹き飛ばした。再公開にあたり、谷をどんなコンセプトで売っていくかを尋ねた時だ。大城氏から意外な答えが返ってきた。

「バカなことを聞くんじゃない。本物の自然や本物の祈りの場所が残っている所に勝手にコンセプトを付けるな。本物の雰囲気をそのままお見せしろ」

本物であることこそ最大のコンセプトだと高橋さんは悟った。

2008年8月、谷は再公開された。事前予約してガイドツアーに参加しないと中に入れない「やや高飛車な(笑)」(高橋さん)入園制度にもかかわらず、来園者はジワジワ増え続け、10周年を迎えた今、ツアー参加者は年間約10万人に上る。中には5回以上来ている熱烈なリピーターもいる。

「場所の力です。僕らはそれを掘り起こしてお伝えしているだけです」

谷には派手なアトラクションはない。案内板すらない。しかし、“自然が彫り上げた彫刻〟とも言うべきパワフルな石灰岩の造形や、遠い過去からのメッセージを語りかけるいにしえの人々の痕跡が手つかずのままに残る谷には、本物だからこその魂に響く感動がある。



約300年前の石積み(写真左)。そばに500年前のものと推定される木製の墓がある。「ここは2万年以上前から人間がいろいろな形で関わってきた谷です」と高橋さんは話す


子宝の神様として信仰されてきた鍾乳洞「イキガ洞」。この奥にその理由が分かる珍しい形の鍾乳石がある。園内には「イナグ洞」という拝所もある。「自然と祈りの場所と古代人の名残が谷にはそのまま残っています」と高橋さん


観光客に一番人気の「大主ガジュマル」。72年の開園以前、この一帯はごみ捨て場だったという。「開発などで谷がなくなっていた可能性もある。観光施設になったことで逆に守られたのかもしれません」と高橋さんは言う


谷の入り口のカフェは別名サキタリ洞遺跡。世界最古の2万3千年前の釣り針など重要な考古学的発見が相次いでいる。ガンガラーの谷の名は、石を投げ入れると「ガンガンガラガラー」と音を立てる穴が以前谷にあったことから


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<29>
第1701号 2018年8月10日掲載

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