美しさの磁力が引き寄せるもの|オキナワンダーランド[2]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

沖縄の住宅建築情報と建築に関わる企業様をご紹介

タイムス住宅新聞ウェブマガジン

スペシャルコンテンツ

特集・企画

2016年5月20日更新

美しさの磁力が引き寄せるもの|オキナワンダーランド[2]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

美しさの磁力が引き寄せるもの

Atelier cafe bar  誠平
金井亮輔さん(今帰仁村)



今帰仁村ののどかな風景に建つ「誠平」。「誠平じいちゃん」にちなんでつけた名前には、「苦しい時でも投げ出さないように」という思いが込められている/写真




ひとめ見て、全身に電流が走るほどの強い磁力を、その店は放っていた。

長い樹齢を重ねた屋敷林と白いセメント瓦の古民家。やんばるの永遠の原風景といったおもむきの景色のなかに、近未来のファクトリーとでも形容したくなるような建物が「異物」みたいに建っていた。古民家と木立と「異物」が織りなす目の覚めるようなコントラスト。私は現代アートを見るときのような不可思議な感慨を抱きながら、今から12年前、「Atelier cafe bar誠平」の扉を開けた。




「いろんなものを掘り下げちゃう」という金井さんが自らデザインした「誠平」の一角。隣接する古民家は「かたちの意味や機能を理解しながら少しずつ手を入れたい」という/写真



中国の清朝時代のものという扉の向こうは、モダンでクールな外観とは打って変わって、熟年の店主が営むアンティークショップのような落ち着いた空間だった。横長のスリット窓に切りとられた滴る緑。質感の良さがにじみ出るヨーロッパのアンティーク家具。ウイスキーの樽材でつくったオリジナルテーブル。採光を抑えたこぢんまりした部屋に、研ぎ澄まされた感性によって一つひとつ選ばれたものたちが、石庭の石のように絶妙な案配で置かれていた。

「提供するものは、料理にしても、置くものにしても、記憶に残るものを用意しておきたいというのがやはりあります」

その日から12年の歳月がたち、38歳になった店主の金井亮輔さんがそう言った。

「僕にも、原点と呼べるような記憶があります。小学1年のときに父に連れられて行った喫茶店です。アールヌーボーのインテリアで、暖色系の灯りに包まれていて、子どもの僕にもすごく心地よかった」




金井さんが「表現者」と呼ぶえりさんは、料理からデザインまで幅広い才能を発揮する。えりさんが開発した特製シロップ(写真はその紹介ボード)やパッションフルーツ入りのバターは、全国に出荷するほどの人気商品/写真



まるで「誠平」のことを描写しているようだ、と私が心のなかでつぶやいていると、金井さんは「だけど」と話を転じた。

「僕にとっては、モノは『付録』に過ぎないというか、やっぱり人ありき。モノは人と触れ合うためのきっかけなんです」

東京で生まれ、地元で「レジェンド」と呼ばれた趣味人の祖父「誠平じいちゃん」の影響を強く受けて育った金井さんと、職人家系に生まれて、料理やデザインなどマルチな才能に恵まれた妻のえりさん(37)が、衣食住をテーマにした表現活動の場を探しはじめたのは、「誠平」誕生の数年前のことだ。

東京で、という選択肢は最初からなかった。「東京では表現できる幅、イコールお金、みたいなところがあった」からだ。




数年前につくった「月見台」。「店のなかで話し足りなかったことや伝え切れなかった思いを、星を眺めながらお客さんと語り合うための場所です」。いろんな縁がそこで生まれた/写真




「自分たちだけじゃなくて、強い気持ちでモノやコトに向かっている人たちが集える場所にしたかったから、ムラよりは小さくて、民家よりは大きいぐらいの規模で考えていました」

そして「ムラよりは小さくて、民家よりは大きい」その場所を、全国各地を訪ね歩いた末に沖縄の今帰仁村で見つけた。

「お客さんが入っているイメージが、ここに見えたんです」

オープン当初はカフェバーと宿泊業が中心だったが、金井さん夫妻の類いまれな美意識が生んだ「誠平」の空間が、さまざまな出逢いや縁をもたらし、デザインや加工品製造など、二人の才能をさらに大きく開花させる仕事のチャンスを引き寄せた。

「12年間やってきて、貯金もゼロの店なんです。それでもここは、『お役御免』にしてあげてもいいほど、日本中の人とのいろんな出逢いをくれた」

「多分本当はネクラ」という金井さんが破顔の笑みを見せた。




現在は一組限定の宿「Johan(ヨハン)」=写真=を営業するほか、予約制でディナーを提供している。ショコラティエやパン職人の仲間と「アイランドシェフズアパートメント」という創作ユニットも立ち上げた/写真

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。朝日新聞デジタルで「沖縄建築パラダイス」全30回を昨春まで連載。
 
『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<2>
第1585号 2016年5月20日掲載

特集・企画

タグから記事を探す

この連載の記事

この記事のキュレーター

スタッフ
週刊タイムス住宅新聞編集部

これまでに書いた記事:2122

沖縄の住宅、建築、住まいのことを発信します。

TOPへ戻る