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2016年4月15日更新
不思議なかたち まろやかな心地|オキナワンダーランド[1]
沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。
不思議なかたち まろやかな心地
アトリエガィィ 佐久川一さん(宜野湾市)佐久川さんの自宅兼オフィスの外観。不思議なかたちが連なるが、「デザインは使われてこそデザイン」と考える佐久川さんが生み出すかたちは、その一つひとつが用途に裏打ちされている/写真
まるで空想の世界からこっそり抜け出してきたような建物だ。
異次元に通じる入り口のような雰囲気をどこか漂わせる丸い塔がそそり立ち、壁がジグザグに折れ曲がる。奇妙な突起が唐突に飛び出ているかと思えば、古代人が残した謎のメッセージのような文様がタイルや貝殻で描かれている。想像の翼をいったいどれだけ広げたら、こんな建物が生まれるのだろう。
丸い塔に組み込まれた外階段にもタイルや貝殻の装飾が。「遊んでいるんです。身近にあるものをなんでも使っちゃう。廃材ですよ、みんな。貝も廃材」。花ブロックが光を美しく演出する/写真
「(自分が)かたちを生み出すのではなく、制約があってこうなる、みたいなことなんです」
この不思議なかたちが生まれたわけを尋ねると、設計者の佐久川一さん(68)はそう答えた。
「制約?」。それは意外な答えだった。自由奔放な創造の産物にしか見えないこの建物と制約という言葉は、あまりにもかけ離れているように思えた。
「制約がかたちを生み出すんです。敷地の条件とかコストとか、そういう制約をプラスに変える、転換するという意味でかたちが必要になってくる」
佐久川さんが住居兼オフィスであるこの建物を建てたのは25年前のことだ。宜野湾市の住宅地に買い求めた土地は、緑豊かな借景に恵まれていた一方で、三角に変形していて、隣にはお墓もあった。
「普通の人にとっては嫌な場所だったんです。宅地としては」
三角の土地に四角い建物を建てればデッドスペースが生まれてしまう。有効に使われない「捨てる場所」や「殺す場所」ができてしまう。だから佐久川さんは、土地を余すことなく生かせる建物のかたちを模索した。
「建物の内と外をどう生かすかを考えました。ウチはウチとして、ソトはソトとして」
「かたちの出発点は案外現実的なところだったのですね」
壁から突き出た突起は、つる性の植物を這(は)わせるためのもの。「植物の手を吸収したいなと思って。だけど這っては戻し、伸び過ぎては嫌だからと切っちゃったりして」と佐久川さんは笑う/写真
独創の極みのような建物が実際的な考えから生まれたことに新鮮な驚きを覚えた私がそう言うと、佐久川さんはこう答えた。
「いつでもそうですよ」
制約の中から生まれたかたち。実はそのかたちから、あるものが生まれていた。3階にある彼の事務所「アトリエガィィ」の空間に「それ」はあった。
ふっくらと盛り上がる天井。さまざまな角度に折れ曲がる壁。段々畑のようにおりていく床。その部屋もまた、「佐久川印」と呼びたくなるようなユニークなデザインを多く含んでいた。
しかし、強烈なインパクトを放つ外観とは対照的に、そこはまるで母親の胎内にでもいるかのような安らかな心地よさに満ちていた。人をそっと包み込むやわらかな空気感が漂っていた。
「アトリエガィィ」の内部。強過ぎず、かといって弱過ぎもしない絶妙な光と風がすみずみに漂う。「部屋のどこに座っても心地よくなれる、そういう環境を目指しています」/写真
「木漏れ日が差して、そよ風が吹いているような、そんな感じが好きなんです。陽の玉がぽちぽちって落ちているような」
そう話す佐久川さんのそばで、たったいま語られた言葉そのままの光と風が揺れていた。変化に富んだ「佐久川印」のかたちを通り抜けるなかで、「角」をなくして丸みを帯びていった、そんな光や風だった。
「光や風とうまく対面したかったんです。できるだけやさしく」
学生の頃、佐久川さんは詩を書くのが好きだった。その人が探し当てたかたちには、一編の詩のような、まろやかな光と風が宿っていた。
30数年にわたりヨガと瞑想(めいそう)を実践してきた佐久川さんがつくる建築のなかには、時間を止めてじっと見つめていたくなるような、瞑想的な風景が散りばめられている/写真
<オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景>
[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。朝日新聞デジタルで「沖縄建築パラダイス」全30回を昨春まで連載。
『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<1>
第1580号 2016年4月15日掲載