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2016年6月17日更新

父の思い伝えるテキストブック|オキナワンダーランド[3]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

父の思い伝えるテキストブック

故・金城信吉邸(南風原町)


玄関を入ると重厚感のある「ヒンプン」がある。信吉さんは自著「沖縄原空間との対話」で、「ヒンプンの手法を思いきって建物の中につかってみた」と書いた。愛してやまなかった沖縄の伝統建築へのオマージュ(敬意)が家のあちこちに散りばめられている/写真




沖縄のランドマークを幾つも手がけた父が家族のために建てた家は、一風変わっていた。

密林のような庭が立ちはだかり数メートル先の隣家も見えない。当時珍しかったコンクリート打ち放しの建物は「色はいつ塗るの?」と近所の人にしばしば不思議がられた。照明の蛍光灯の一部はなぜか逆さまに付いていたし、家の周囲だけアスファルト舗装もされていなかった。




沖縄の伝統家屋のアハマジ(雨端)をモチーフにした力強い庇は、日差しに影をほどよく混ぜて室内に届ける。「最近、影のもつ心地良さに目覚めました。この家の影響です」と、次男の豊さんと二人で設計事務所を営む司さんは言う。同様の庇は信吉さんの代表作、那覇市民会館にも見られる/写真



「幼い頃はよく分からなかったんです。うちの家の前だけ砂利道だったり、蛍光灯が上向きに付いていたり。なんでかなって疑問でした」

この家に暮らして40年以上になる金城有美子さん(49)の明るい笑い声が高い天井に響く。

「部屋の仕切りがないからプライバシーもなかったよね。音が筒抜けだから受験勉強をしてても『うるさい!』って怒られたし、朝早起きしても怒られた」

隣で話を聞いていた弟の司さん(44)もつられて笑い、家にまつわるほほ笑ましいエピソードの一つを披露した。会話をポンポンと上手に弾ませていく二人のすてきな話術は「仕切りのない家」が培ったものだろうか。




信吉さん設計のダイニングテーブルで朝食をとるのが家族の日課だった。「この家は古くなればなるほどいい味を出していると思います。自分の作品を置くとちゃちく見える。まだまだ太刀打ちできません」と有美子さんは話す/写真



「でもだんだん『なるほどねー』と思えることが増えてきて」と、陶芸のアトリエとしてもここを使う有美子さんが少し真顔になった。例えば、部屋が仄かに暗いからこそ差し込む光の美しさが際立つことに気付いたという。

「ここでうつわを撮影するとすごくカッコいいんです。自然光の入り方がとても奇麗で」

「光と影の家」。父、故・金城信吉さんは1971年に設計したこの家をそう名づけた。私が訪れた5月、「光と影の家」には目映い光も重厚な影もなかった。水に墨を溶かしたように、光には影が、影には光が混じっていた。混じりけのある光と影は、こまやかなニュアンスに富んでいて、単調な光や影よりもかえって美しく私には感じられた。

「光もやさしくて、影もやさしいんです」

長男で、建築家の優さん(50)は、目深な帽子をすぽっと被ったような庇の形や、工夫を凝らした窓の配置や大きさがそのやさしさを生んでいると考える。

「時間によっても、場所によっても光と影の表情が変わる。うまいな、と思います」




家族だんらんの場だったいろりのある部屋。ここで信吉さんはよくお酒をのんだ。「いまでも兄妹で集まると、ここで鍋を囲んだりします」と司さん。優さんも「一番気持ちのいい場所」と言う/写真




「やさしさ」は信吉さんの建築のエッセンスのようなものらしい。家の構造に話が及んだ時も優さんはこんなことを言った。

「この家は、鉄筋コンクリートの箱の中に木造空間が入れ子のように組み込まれています。外は強固にして中はやさしく、というのは父が出した一つの答えだと思うんです」

父、信吉さんはやんばるや離島に残る昔ながらの風景を訪ね歩くのが好きだった。石垣や樹木で屋敷囲いをしっかり固めた上でソフトな質感の木の家を建てて住む伝統的な住まいのあり方に、父は沖縄の建築の「原型」を見たのだろうと優さんは言う。

「その原型を現代的に解釈してみせた。そういう意味でこの家は僕のなかの教科書になっています。あの時代にこれだけの答えを出せたことが不思議です」

優さんたちが10代の頃、信吉さんは49歳で急逝した。父と直接語らうことは二度とかなわない。けれど父が遺した家は、父の思いを静かに語り続け、建築家と陶芸家になった4人の兄妹はその声にいまも耳を澄ます。




上向きの蛍光灯は間接照明を意図したもの。梁には施工した大工さんの足跡も残る。この部屋で鬼ごっこやバレーボールをしたことが兄妹の一番の思い出だ。「今では考えられないですけど、梁の上を走ったりもしました」と優さんは笑う/写真

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。朝日新聞デジタルで「沖縄建築パラダイス」全30回を昨春まで連載。
 
『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<3>
第1589号 2016年6月17日掲載

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