新しい食の風景 街角に描き続けて(北谷町)|オキナワンダーランド[20]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

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2017年11月10日更新

新しい食の風景 街角に描き続けて(北谷町)|オキナワンダーランド[20]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

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ARDOR(アルドール)仲村大輔さん(北谷町)

こだわりの窯焼きナポリピザの店。イベントで人気の黄色いビストロバス。非日常にいざなうレストラン。仲村大輔さんは、まるで街角に絵を描くように、新しい食の風景を生み出し続ける
こだわりの窯焼きナポリピザの店。イベントで人気の黄色いビストロバス。非日常にいざなうレストラン。仲村大輔さんは、まるで街角に絵を描くように、新しい食の風景を生み出し続ける


小学生の頃、仲村大輔さんは、日曜日になると早起きをした。

「日曜日の朝、友人たちは9時、10時まで寝ていましたが、僕は学校がある日よりも早く起きて、彼らが起きてきて一緒に遊びに行けるまで、2時間も3時間もずっと絵を描いていました」

何の絵を描くかはそのときどきで変わった。探偵小説を愛読していたときは、探偵事務所を舞台にした漫画を描いた。クラスメートを登場人物に仕立てて。

「親に買ってもらえないナイキのスニーカーを絵に描いて、手に入れた気分に浸ったこともありました。想像を膨らませるのが好きな子どもでした」

おとなになっても、仲村さんの想像の翼は羽ばたき続けた。東京のピザ名人のもとで修行後、食通もうなる窯焼きナポリピザの店を那覇に開いた仲村さんは、旅先のハワイで見た光景に想像をかきたてられ、ピザを移動販売するビストロバスをつくった。

「ハワイの青空の下、レモンイエローの消防車がさっそうと走るのを見て、あんなカッコいいビストロバスを沖縄にも走らせたいと思ったんです」

頭のなかをイエローのバスが駆け巡った。仲村さんは、「腹をくくって」本土で売りに出ていた大型の路線バスを購入し、1年半かけて改造。店を1軒つくれるほどのお金を注ぎ込んだ。「なんてむちゃなことを」という周囲の視線も感じたが、完成したビストロバスは、いまや県内のイベントに引っ張りだこだ。

「派手なことばかりすると思われがちな僕ですが、別に花火を打ち上げたいわけではないんです。まだ見たことのない景色を見たい。みんなと一緒に見たい。そのために頭の中に走っていたバスを外に出しました」

40歳になった今年、仲村さんは再び、「頭の中の景色を外に出して」、レストラン「ARDOR(アルドール)」をオープンさせた。

「ヨーロッパを何度か旅して、あの街のあれがうまかったと心に残った味がありました。イタリアで食べたウニのパスタに、オランダの屋台のニシンに、スペインの港町の炭火焼料理に…」

「多分、誰よりも食いしん坊」と自覚する仲村さんの舌と目と心に焼きついた食の喜び。海の向こうまで行かずとも、沖縄で同じ感動を味わえたらと、仲村さんの想像はまたもや膨らんだ。

「『そんな店が沖縄にあるといいな。僕も通いたいな』という発想からこの店は生まれました」

腕を見込んだスペイン、イタリア料理のシェフ2人が繰り出す「選び切れないほど」多彩な料理。せっかくなら一皿一皿の楽しさをさらに盛り上げようと、仲村さんは「空間のスパイス」を店のあちこちに効かせた。

「ご来店いただくからには、おなかを満たしていただくのはもちろん、いっときの間、日常を忘れて、心の栄養まで補給していただきたい。そのための仕掛けを店内にちりばめました」

仕掛けの一つは、自分の手をかたどったユーモラスな取っ手。製作に数十万円かけた特注品だ。

「たとえ月々の返済に苦しんでも、頭に浮かんだ想像をしまっておかずに、やっちゃう。それが僕という人間なのでしょう」

仲村さんが、「想像を頭にしまっておかない」人でよかった。でなければ、島の青空によく映える名物の黄色いビストロバスも、別世界に迷い込んだ気分にさせてくれるレストランも、沖縄にまだなかったはずだから。


仲村さんの一番新しい店、「ARDOR」。重い扉を開けると、さまざまな装飾品が置かれた不思議な小部屋が。扉をもう一つ開けないと店内の様子が分からないのは、「わくわく感を高める」ための演出
仲村さんの一番新しい店、「ARDOR」。重い扉を開けると、さまざまな装飾品が置かれた不思議な小部屋が。扉をもう一つ開けないと店内の様子が分からないのは、「わくわく感を高める」ための演出

もとはホテルの駐車場だった場所を店に改装した。デザインは細部まで仲村さんが考えた。窓が一つもないのは、お客さんに非日常を感じてもらいたいから。「時間も場所も、沖縄にいることさえも忘れてほしい」
もとはホテルの駐車場だった場所を店に改装した。デザインは細部まで仲村さんが考えた。窓が一つもないのは、お客さんに非日常を感じてもらいたいから。「時間も場所も、沖縄にいることさえも忘れてほしい」

自分の手の型を取り、富山県の鋳造会社に特注で製作してもらったドアノブ。「ばかげたこと、無駄なことが好きなんです。『こんな無駄なことに時間とお金をかけたんだ、この人は』と見た人の心に引っ掛かればうれしい」
自分の手の型を取り、富山県の鋳造会社に特注で製作してもらったドアノブ。「ばかげたこと、無駄なことが好きなんです。『こんな無駄なことに時間とお金をかけたんだ、この人は』と見た人の心に引っ掛かればうれしい」

本土から路線バスを買って改造したビストロバス。「『バスを買うよ』と話したら、スタッフは目が点になっていました。突拍子もないことばかり言う僕についてきてくれる彼らの支えがあるから、夢を実現できている」
本土から路線バスを買って改造したビストロバス。「『バスを買うよ』と話したら、スタッフは目が点になっていました。突拍子もないことばかり言う僕についてきてくれる彼らの支えがあるから、夢を実現できている」


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



馬渕和香|ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<20>
第1662号 2017年11月10日掲載

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