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2017年10月13日更新

倶楽部 野甫の塩(伊平屋村野甫島)|オキナワンダーランド[19]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

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松宮賢さん、さゆりさん

オキナワンダーランド|本土出身の松宮賢さん、さゆりさん夫妻は、縁あって野甫島に根を下ろし、厳しくも豊かな自然の中で、島人の励ましに支えられながら手づくり塩「塩夢寿美(えんむすび)」をつくり続ける
本土出身の松宮賢さん、さゆりさん夫妻は、縁あって野甫島に根を下ろし、厳しくも豊かな自然の中で、島人の励ましに支えられながら手づくり塩「塩夢寿美(えんむすび)」をつくり続ける


「無謀だ」と島人に止められても、松宮賢さんの決意は揺るがなかった。

「『自然の力を借りて塩をつくるなんて、沖縄では無理ですよ。台風が来れば、設備はめちゃくちゃに壊れますよ』と何度も忠告されたのに、僕は、『いや、やるんだ』と突き進んだ。今思うと、20年前の自分は何て思い上がっていたのだろうと思います」

当時の松宮さんには、突き進むより他に道はなかった。塩職人になるために、周囲の反対を押し切って政府系機関のエリートという立場も捨てたのだから。

「親父には『二度と敷居をまたぐな』と激怒されました」

仕事を辞めようと思ったきっかけは同僚の衝撃的な死だった。

「仕事に突っ走る生き方に迷いが生じました。後悔のないように生きたいと切実に思うようになったんです」

一度きりの人生を何に賭けるべきか、松宮さんは自問した。すると、遠い記憶に埋もれていたある言葉が聞こえてきた。それは、幼い頃、両親や祖母に何度も聞かされた言葉だった。

「日本人に大切なのは米と塩。それを忘れちゃいけないよ」

おりしもその頃、塩は高血圧の原因だと、世間で「悪者扱い」されていた。「おいしくて、しかも体にもよい本物の塩を探求しよう」。人生の目標は決まった。

おいしい塩をつくるには、おいしい海水が必要だと、松宮さんは日本縦断の旅に出た。北海道から沖縄まで各地をめぐり、行く先々で海水を舐めて歩いて、ついに理想の海水を探し当てた。

「野甫島の海水は、まろやかな味がしました。『えー?、これ、本当に海水?』と驚いたほど」

「この海水で塩をつくって失敗するなら納得がいく」。松宮さんは、思いとどまらせようとする島人の心配をよそに、塩田の建設に取りかかった。人に頼むだけの資金がなかったので、妻のさゆりさんと二人、ツルハシで地面を掘るところから始めた。

「死にそうになりながらつくりました。僕は釘で動脈を切り、家内は木槌が頭に落ちて自衛隊のヘリで緊急搬送されました」

結局、工場が完成したのは2年2カ月後。そこからようやく塩づくりが始まったが、何しろ太陽熱と風の力だけで海水を蒸発させて塩を結晶させる「一番時間がかかるつくり方」をわざわざ選んだため、一粒の塩ができるのに何十日もかかった。

「初めて塩が売れた時は涙が出ました。ものをつくって売ることはこんなにも大変なんだと」

その後も苦労は絶えなかった。台風で設備が壊れて、半年間製造できなかったこともあった。

「台風銀座の沖縄で塩をつくることがいかに困難なことか、島の人たちは知っていたから忠告してくれたのに、僕は耳を貸さなかった。ただのバカですよ」

耳を貸さなくても、頑固でも、島人は陰から支えてくれた。お金が底をついたときは魚や野菜を差し入れてくれたし、二人がつくる塩「塩夢寿美(えんむすび)」を地元の特産品に取り立ててもくれた。

「ナイチャーのつくる塩を島の塩と認めてくださった。しまちゃび(離島苦)とよく言いますが、離島は最高だと僕は思います。助け合いの精神が今も生きている。人口たった100人の小さな島だけど、いい島です」

松宮さんの額から流れ落ちる汗が、島に降り注ぐ太陽を受けて宝石のようにきらめいた。


オキナワンダーランド|さゆりさんが首を痛めたため、小学6年の琉太君と妹の美波ちゃんが作業を手伝う。「琉太は跡を継ぐ気満々です。母親としては、子どもらしくもっと遊んでほしいのですが」とさゆりさん
さゆりさんが首を痛めたため、小学6年の琉太君と妹の美波ちゃんが作業を手伝う。「琉太は跡を継ぐ気満々です。母親としては、子どもらしくもっと遊んでほしいのですが」とさゆりさん

オキナワンダーランド|天日で塩を結晶させる「結晶ハウス」(写真)など塩田の六つの施設は、さゆりさんが設計し、夫婦で建てた。「設計図の出来栄えは一級建築士も驚いたほど。僕の無謀なアイデアをいつも妻が形にしてくれる」と松宮さん
天日で塩を結晶させる「結晶ハウス」(写真)など塩田の六つの施設は、さゆりさんが設計し、夫婦で建てた。「設計図の出来栄えは一級建築士も驚いたほど。僕の無謀なアイデアをいつも妻が形にしてくれる」と松宮さん

オキナワンダーランド|入館無料の塩の博物館も二人で建てた。塩にちなんだ珍しい展示品を並べているほか、塩夢寿美など商品の販売もしている。ちなみに塩夢寿美の名付け親はさゆりさん。「主人とお義父さんの縁が戻るようにと付けました」
入館無料の塩の博物館も二人で建てた。塩にちなんだ珍しい展示品を並べているほか、塩夢寿美など商品の販売もしている。ちなみに塩夢寿美の名付け親はさゆりさん。「主人とお義父さんの縁が戻るようにと付けました」

オキナワンダーランド|琉太君の願いで、父子でつくった塩の神様の祠(ほこら)。「いつか僕が一人で塩をつくることになったとき、台風で塩田が壊れて心細くなっても、父とここをつくったことを思い出して頑張れるようにつくりました」と琉太君
琉太君の願いで、父子でつくった塩の神様の祠(ほこら)。「いつか僕が一人で塩をつくることになったとき、台風で塩田が壊れて心細くなっても、父とここをつくったことを思い出して頑張れるようにつくりました」と琉太君


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



オキナワンダーランド|ライターの馬渕和香さん
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<19>
第1658号 2017年10月13日掲載

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