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2017年12月8日更新

沖縄に尽くした 心を受け継ぐ(与那原町)|オキナワンダーランド[21]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

聖クララ教会(与那原町)


沖縄の戦後復興の一翼を担ったフェリックス・レイ司教が創立した聖クララ教会。沖縄のために奔走した司教の遺志を受け継ぐシスターたちが、ここを拠点にさまざまな活動を行っている


「一粒の麦 地に落ちて死ねば 豊かに実を結ぶ」

花々が美しく咲き誇り、青い芝生がきれいに刈りそろえられた聖クララ修道院の庭の一角に、聖書の有名な言葉が刻まれた墓碑がある。その下に眠るのは、約60年前、ここを創立したフェリックス・レイ司教だ。

「司教は、沖縄に来た時から、沖縄の土になる覚悟だったと思います」

そう話すシスター中村が、レイ司教に初めて会ったのは、沖縄が戦争の痛手から立ち直ろうとしていた1950年代。当時、首里高生だった中村さんは、「自分が知る世界とは違う世界があることに興味を持って」、那覇市のカトリック教会に通っていた。

「司教は、トレードマークの長いひげを生やしていました。私はまだシスターでもなくて、一人の信者に過ぎませんでしたが、司教やほかの宣教師たちが沖縄のために走り回っていることは知っていました」

例えば、こんな光景が中村さんの胸に焼き付いている。医療が行き渡っていなかった戦後の混乱期、レイ司教のはからいで、アメリカから医療資格を持つシスターたちが呼び寄せられた。

「シスターたちは病人を訪問して無償で看病していました。みな背が高くて、裾の長い白い服を着けていた。訪問から帰る時はいつも裾が泥だらけでした」

戦争で一家の大黒柱を失った未亡人や、ひもじい思いをしている子どもたちにも、司教の温かな支援の手は差し伸べられた。

「米軍に掛け合って洗濯物や縫い物の仕事をもらってきて未亡人に与えたり、アメリカから送られてくる支援物資の受け取り人になって沖縄中の学校に給食を配るお手伝いをしたり、沖縄の復興のためなら、司教は何でも関わっていました」

台風が襲来すると、一人暮らしの老人をおんぶして自分の住まいに避難させたのも有名な話だ。

「はるばる沖縄まで宣教に来たのに、人々の生活を支えるために働いた。司教が亡くなった時、今の県知事にあたる行政主席が感謝の弔辞を読んだほど、沖縄の復興の陰の立役者でした」

1958年、中城湾を望む小高い丘に、レイ司教は女子修道院を建てた。その一角にたたずむ、宙を舞うチョウのような形をした屋根の建物こそ、名建築の誉れ高い聖クララ教会だ。

「当時はトタンやかやぶきの家ばかりで、こんな立派な建物が建つなんて考えられないこと。教会が建った時、地域の人たちは、『一体どうやってこの建物が』と目を見張りました」

この世の奇跡を見るように人々が教会の誕生に驚いた数年後、中村さんは教員の職を辞めてシスターになる道に進んだ。

「誰もが自分のためにあくせくしている世の中で、人のために身を粉にして働いていた宣教師たちの姿に大きな感動を受けました。シスターになるなんて考えもしていなくて、花嫁になることを夢見ていたのだけれど」

それから半世紀、「愛してやまない」という教会で、中村さんと「姉妹たち」は、毎朝、司教を思いながら祈る。「沖縄のために命をかけた司教にならい、自己をささげ尽くせますように」と。

「レイ司教の姿を追いかけて、沖縄の人々とともに歩み、祈りと宣教に生涯をささげる。それが私たちの使命です」

来年80歳になる中村さんの穏やかな瞳に、意志の光がともった。



完成当時の教会(写真提供:聖クララ教会)。設計者の片岡献さんは、信者だったと言われている。「思いが深かったから、これほどの名建築が生まれたのでしょう」とシスター中村は語る


教会の建物は、沖縄を代表する建築の一つとして知られ、信者以外にも多くの人が訪れる。「盛んに褒められるものだから、私たちのような建築の素人でもだんだんと価値が分かって来て、ありがたさが2倍3倍になりました」


来年築60年を迎える教会はところどころ老朽化が進むが、シスター中村は、「みんなの思い出や喜びが詰まった記念すべき建物ですし、宣教師たちが残してくれた大切ないただきものですから限界まで長く使いたい」と話す


レイ司教の墓碑。両脇には、司教の片腕を務めたヴァレンタイン・ティベド神父とチャールズ・E・バントル神父が永眠する。「彼らは、私たちを我が子のように大事にしてくれました。私たちの大切なお父さんです」


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



[文・写真] 馬渕和香(まぶち・わか) ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<21>
第1666号 2017年12月8日掲載

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