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2017年7月21日更新

にぎわいの音 街に響かせたくて(沖縄市)|オキナワンダーランド[16]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

コーヒーハウス響
洲鎌盛雄さん(沖縄市)


コーヒーハウス響|オキナワンダーランド
「僕がここで店をやることで、通りが少しでもにぎわえば」。そんな思いを胸に、元公務員の洲鎌盛雄さんは、「自分の最後の仕事」としてコーヒーハウス響を開いた


「黒字になることはまずないよ。家賃やほかの必要経費を払ったら、僕には1円も残らないさ」

コーヒーハウス響の店主、洲鎌盛雄さんが朗らかに笑う。開店して丸8年になる店に利益がないことを気にする様子はない。

「もうけうんぬんよりも、この通りを少しでも活気づけられたらと思って始めたことだからね」

「この通り」とは、沖縄市の八重島にあるストリート。かつて米兵向けの歓楽街があったその通りに、洲鎌さんはなぜか昔から興味を抱いていた。

「何でここに引かれたのか、今でも不思議に思うんだけどね」

洲鎌さんが初めてそこを訪れたのは70年代の初頭。100数十軒の店がひしめき合ったという全盛期は遠く過ぎ去り、辺りはひっそりと静まり返っていた。

「センター通り(現・中央パークアベニュー)はあふれるほど外人がいるのに、裏手にあるこの通りは、映画で見るゴーストタウンのように静かだったよ」

時代が流れ、周辺地域が開発によって変貌していっても、そのかいわいは「時間が止まったように」変わらなかった。「なぜなんだろう?」。解けぬ謎が、心の片隅にこびりついて離れなかった。

「僕の最後の仕事として、ここの活性化をやってみたい」

58歳のとき、洲鎌さんは定年を迎える2年後に八重島で店を開くことを決めた。「料理ができるわけでも、何か展示して見せられるわけでもない」自分にできるのは、10代から集めてきたレコードを聴かせる音楽喫茶ぐらい。実はコーヒーのいれ方もよく知らなかったのだが、そこは練習で補えるような気がした。

「練習すればできるかもしれんと思って、図書館でコーヒーの本を読みあさって勉強したよ」

40年近く勤めた沖縄市役所を定年退職した翌日、洲鎌さんは事前に目星を付けておいた八重島の一軒の空き家に向かった。

「喫茶店をしたいからこの建物を貸してほしいと家主さんに頼んだよ。ここは人通りが少なくて商売的には厳しそうだけど、10年はやりますと言ってね」

昔Aサインバーだったという建物は、痛みと汚れが甚だしかった。天井はあちこちはがれ落ちて雨が漏り、床は水たまりができて「草も生えていそう」だった。何とか店らしく改修するために、退職前にこつこつためておいた開店資金をつぎ込んだ。

一カ月間、コーヒーのいれ方を特訓して、2009年の夏に「響」を開店。覚悟はしていたけれど、最初、客は来なかった。

「マリア・カラスのオペラをかけ終わってもお客さんが一人も来なかったこともあったよ」

「ラーメンも出した方がいいんじゃないか」と、周囲の人が助言してくれたこともあった。だが、元同僚や、うわさを聞きつけた音楽愛好家らがポツポツと集まり出し、今では「急に休むときは連絡して」と催促されるほど常連客に愛される店になった。

肝心の街の活性化はと言えば、大きな変化はまだ起きていない。コンビニの一つでも進出してくれたらと期待しているのだが、その兆しも今のところない。

「一人で活性化しようなんて、ちょっと浅はかだったな。最近はね、自然の流れに任せればいいじゃないかと思っているよ」

変化は、街にではなく洲鎌さんの心に起きた。そして、「響はなくてはならない店」と、実直な洲鎌さんの人柄を慕って足繁く通うお客さんたちの心の中に。


オキナワンダーランド|老朽化で痛みが激しかった建物は、建築士の資格を持つ洲鎌さんがデザインを考えて改修した。壁を埋め尽くす絵や写真は、お客さんが持ってきたもの
老朽化で痛みが激しかった建物は、建築士の資格を持つ洲鎌さんがデザインを考えて改修した。壁を埋め尽くす絵や写真は、お客さんが持ってきたもの

オキナワンダーランド|入り口には、妻の和美さんが手入れしている花々が。元栄養士の和美さんは、店で出すケーキもつくる。「ここまでもつとは誰も思わなかったはず」と洲鎌さんが言う店は内助の功にも支えられてきた
入り口には、妻の和美さんが手入れしている花々が。元栄養士の和美さんは、店で出すケーキもつくる。「ここまでもつとは誰も思わなかったはず」と洲鎌さんが言う店は内助の功にも支えられてきた

オキナワンダーランド|事情があって家で音楽を聴けない人たちも響にやって来る。「福島から那覇に避難した人が、バスに乗って来てくれたりもするよ。どうしてもレコードを聴きたいと言ってね。向こうでいつも聴いていたレコードを持って」
事情があって家で音楽を聴けない人たちも響にやって来る。「福島から那覇に避難した人が、バスに乗って来てくれたりもするよ。どうしてもレコードを聴きたいと言ってね。向こうでいつも聴いていたレコードを持って」

オキナワンダーランド|「70代になってもやりたいけど、いろいろ考えるのよ」と洲鎌さん。常連客は続けてほしいと口をそろえる。「洲鎌さんの人柄が温かく、居心地がいい店。なくなったらみんな寂しい思いをする」と週2回通う石垣隆盛さん
「70代になってもやりたいけど、いろいろ考えるのよ」と洲鎌さん。常連客は続けてほしいと口をそろえる。「洲鎌さんの人柄が温かく、居心地がいい店。なくなったらみんな寂しい思いをする」と週2回通う石垣隆盛さん


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



オキナワンダーランド|馬渕和香さん
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<16>
第1646号 2017年7月21日掲載

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