地域情報(街・人・文化)
2022年7月15日更新
スペインタイル紀行④
文・写真/山内直幸
バレンシア編(上) 闘牛に火祭り
怪しい店とダフ屋!?
これはまいった。こんな薄暗い裏町にチケット売り場なんてあるのだろうか? 今回は友人たちも一緒なので事前に入場券を手配した。届いたメールの住所を探し歩く。古びたレストランにたどり着いたが、灯(あか)りの消えた店に客がいる様子はない。奥からボソボソと男たちの低い声が聞こえる。友人たちの不安げな表情を横目に、恐る恐るのぞくように店内へと向かう。奥のテーブルでは4人の男がトランプゲームの真っ最中だ。片手にはお札を握っている。
引き返そうとしたが、腹の出た男が僕に気付いた。「コリーダ(闘牛)?チケット?」。なんだ、ここでいいんだ。ほっと胸をなでおろす。「セルベッサ(ビール)?」と誘われたが丁重に断った。
満席だ。今日は有名な闘牛士が出るらしい。観客をかき分けながらチケットに書かれた席を見つける。若い男が近寄ってきた。男は丸めた4本のポスターを僕らに差し出した。入り口のショップでポスターを買おうとしたが売り切れていた。それを見ていたらしい。さてはダフ屋だなと思い、いくらだと聞くと「プレゼント」とひと言返ってきた。疑った自分が恥ずかしい。満席の中、僕らを探して渡しにきてくれたのだ。英語も話さずシャイだが笑顔の優しい青年であった。
マタドールにオーレ!
音楽隊のラッパに合わせ2頭の馬と闘牛士たちの行進で始まった。場内には体重500キロの猛牛が放たれ、闘牛士がピンクの布で挑発する。
いくつかの演技の後、いよいよ主役の闘牛士「マタドール」の登場である。赤い生地に金の刺しゅうをあしらったジャケットとタイトズボン。マタドールは猛牛を背に悠然と歩き出す。牛が前足で地面を蹴り、黄色い土煙が上がった。鋭い角が背後から襲いかかる。とっさにマタドールはムレタ(赤い布)を華麗に回し猛牛をかわす。
「オーレッ!」観客たちの声がバレンシアの青空に響き渡った。
僕らの席は安いソル(日なた)席だ。スペインの日差しはとにかく強い。隣に座ったおばあちゃんが日傘をさしてくれる。他の邪魔にならないよう日傘は半分に折ってある。闘牛士の出身地から今日の見どころまで生解説してくれた。50年もここに通う闘牛通だ。旦那さんを亡くし、今は一人で来ているという。それでも明るい太陽のようなおばあちゃんだ。
夜空に上がる火柱
火祭りの最終日に火が放たれたファジャ(張り子人形)
スペイン人はお祭り好きである。ここでは毎年3月にスペイン三大祭りのひとつ、「バレンシアの火祭り」が行われる。市内の各地区が競い合い、大小さまざまな張り子人形を一年がかりで作る。その数は700に及び、仕上がりはまさに芸術的で職人たちの腕の見せどころだ。なんと最終日にはそれらの人形に火が放たれ街中の夜空を赤く染める。20メートル以上もある人形がいっきに燃えあがり、さらに大きな火柱となる。またたく間に人形たちは灰となるが、それは新たなスタートであり、再生でもあるのだ。
バレンシアは昔から陶器作りが盛んだ。有名な磁器人形メーカーの「リヤドロ」もある。旧市街には「国立陶器博物館」があるので時間が許せば見学してほしい。「マニセス焼き」で名の知れたマニセスの街も車で15分ほどの所だ。焼き物好きの方にはおすすめである。
「ゴンサーレス・マルティ国立陶器・装飾芸術博物館」で見ることができる、タイルで飾られた18世紀のバレンシアのキッチン
執筆者
やまうち・なおゆき/沖縄市出身。米国留学より帰国後、米国商社勤務を経て1995年、スペインタイル総代理店「㈲パンテックコーポレーション」を設立。趣味は釣りと音楽、1950〜60年代のジャズレコードの鑑賞、録音当時の力強く感動的な音をよみがえらせるべく追求。
㈲パンテックコーポレーション
宜野湾市大山6-45-10 ☎098-890-5567
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1906号・2022年7月15日紙面から掲載