地域情報(街・人・文化)
2022年6月17日更新
スペインタイル紀行③
文・写真/山内直幸
トレドの街を歩き中世にタイムスリップ
展望台からのトレド全景。手前にタホ川、丘の中央にトレド大聖堂の塔。右手には夕日に染まるアルカサル(王宮)が見える
絵画そのままの風景
「もし、スペインに一日しかいられないのなら迷わずトレドへ行け」と言われている。まったく同感である。それほどトレドには訪れる価値がある。
マドリードのアトーチャ駅から列車で約30分、端正なムデハル様式のトレド駅に着く。駅舎を出てロサ通りのロータリーをまっすぐ行き、アサルキエル橋を渡るとそこはもうトレドの旧市街だ。しかし、はやる気持ちを抑えて駅でタクシーを拾ってほしい。タホ川の南側にある丘の上、ミラドール(展望台)を目指すのだ。トレドの美しい全景は街の中からは見られない。対岸の展望台から画家エル・グレコの風景画「トレドの風景」が目の前に広がる。400年以上も前に描かれた当時と変わらぬ姿で。写真を撮るあいだタクシーには待ってもらおう。
三方をタホ川に囲まれ、背後に城壁を備えた要塞(ようさい)都市・トレドはかつてカスティーリャ王国の首都として栄えた。今でも16世紀の街並みがそのまま残る古都である。ここでは昔からキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が共存していた。異なった宗教の学者たちが共同作業で哲学書などをラテン語やアラビア語から翻訳し、中世ヨーロッパにおいて学問の中心となった。「共存」、ウクライナ戦争を目の当たりにし、現代の人々にも学ぶところがある。
トレド駅の内部。幾何学模様のタイルやステンドグラスのアーチ、木造の構造物など世界でもっとも美しい駅舎のひとつだ
大聖堂に圧倒され
「プエンテ サンマルティン ポルファボー」、運転手に伝えトレドの西側にあるサン・マルティン橋のたもとでタクシーを降りる。馬蹄(ばてい)形のアーチをくぐり、13世紀にできた橋を歩いて渡るのだ。何世紀ものあいだ流れ続けてきた、ビロウド色のタホ川を見下ろしながら。この橋を渡ると中世の街へとタイムスリップする。
坂を右手へ上ってサント・トメ教会を探そう。エル・グレコの傑作「オルガス伯爵の埋葬」がある教会だ。ヨーロッパでの楽しみの一つは偉大な芸術家が残した傑作をじかに見ることと、何世紀も変わらぬ街を散策することである。今歩いている路地を中世の人々が行き来する姿を想像するとなんとも楽しい。
坂道をさらに上るとトレド大聖堂へと行き着く。着工から270年かけて完成したスペインカトリックの総本山である。当社の配送部でガタイのいいT君は、今どきのストリートファッションにキャップをかぶり、教会とは無縁な男である。その彼がスペインタイル研修旅行中、大聖堂に入ったとたん、見上げた主祭壇があまりも神々しく、思わず床に片ひざをつき両手を合わせていた。信者でもないのに、とつっこみたくなる。それほどまでにトレド大聖堂の荘厳さは訪れる者を圧倒する。1584年、戦国時代の日本からやって来た天正遣欧使節の少年たち。彼らもまた、高さ30メートルの主祭壇を前に小さな身を震わせたに違いない。
それにしてもトレドの坂道はきつい。疲れたら小さな三日月形のマサパンを食べながら休もう。修道院の収入源として修道女たちが作ってきた伝統のお菓子だ。アーモンドの風味が口いっぱいに広がる。強めの甘さが旅の疲れを癒やしてくれる。
執筆者
やまうち・なおゆき/沖縄市出身。米国留学より帰国後、米国商社勤務を経て1995年、スペインタイル総代理店「㈲パンテックコーポレーション」を設立。趣味は釣りと音楽、1950〜60年代のジャズレコードの鑑賞、録音当時の力強く感動的な音をよみがえらせるべく追求。
㈲パンテックコーポレーション
宜野湾市大山6-45-10 ☎098-890-5567
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1902号・2022年6月17日紙面から掲載