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2020年1月10日更新

受け継いだ農家宿 吹き込む新たな息吹(今帰仁村)|オキナワンダーランド[46]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

ファームハウス&ストラム (今帰仁村)


約30年前、農家の伊藝秀信さん、敬子さん夫妻が那覇にあった2階建てアパートを今帰仁の森の中に移築して始めた宿は、子の世代に引き継がれ、創作カレーが自慢のカフェと宿に生まれ変わった

前身の「ファームハウス」から数えると創業28年になる今帰仁村のカフェ兼宿「ファームハウス&ストラム」。緑のツタにすっぽりと覆われて、周囲の森とすっかり同化した木造2階建てのその建物には、ユニークな歴史が秘められている。

「この建物は元々、那覇市内に建っていたアパートでした。それを自分たちで解体して今帰仁に運んで、もう一度組み上げたんです。4世帯が住める造りで、1、2階とも中央に部屋を仕切る壁があって、ここにお風呂がありました。壁は取り払うことができたけれど柱は構造上取りきれなくて残っています」

アパートを丸ごと“引っ越し”させた約30年前を伊藝敬子さんが振り返る。当時、敬子さんと夫の秀信さんは今帰仁で民宿業を始めたいと考えていた。ところが宿を建てる資金がない。そんな時、「空き家のアパートがある。自分たちで解体するならあげるよ」と声をかけてくれた人がいた。“渡りに船”とばかりに勢いよく話に飛び乗ったものの、解体も移築も初めての経験。想像の何倍も大変だった。笑い話のようなこんな出来事もあった。

「解体した柱や梁(はり)を現場に積んでおいたら、『あなたたち、それ、盗まれるよ。メジャーで測っている人を見かけたよ』と近所の人に言われて(笑)。それからひと月ほど、彼は現場に止めた車で寝泊まりして、盗まれないように見張っていました」

何とか無事に材木を今帰仁に運び込んで、元通りの2階建てに組み立て直した。出費を少しでも抑えるために、できることは自分たちでした。天井や床は昔舞台美術の仕事をしていた秀信さんが張り、壁の漆喰(しっくい)塗りは、若い頃に油絵を学んだ敬子さんが、昔取った杵柄(きねづか)のコテづかいで見事なうろこ模様に仕上げた。

夫妻の民宿は、村内にまだ2、3軒しか宿がなかった平成の初めに開業した。良心的な料金設定で、しかも自家製野菜や野山で摘んだ山野草のおいしい料理を食べさせてくれる宿は、ほどなく全国各地や海外から訪れるバックパッカーらでにぎわった。

宿に「ファームハウス」(農場の家、の意味)と名づけたのは二人がその時まで専業農家だったからだ。しかも当時の沖縄では珍しかった無農薬有機栽培を実践する農家だった。秀信さんが言う。

「あの頃は無農薬で作るなんてとんでもない話だから、『できるわけない』と面と向かって言う人もいたよ。台風で作物が全滅したこともあって経済的には苦労したけど、農業を楽しいと思う気持ちはずっと変わらない」

昨年5月、ファームハウスはファームハウス&ストラムと名前を変えた。東京の飲食店で働いていた次男の琉根(るね)さんが故郷に戻り、両親から引き継いでカフェと宿の運営を始めたのだ。

「高校卒業後に上京した頃は、『島はもういいかな』という気分でした。だけど里帰りした時に、それまで何とも思っていなかった故郷を『いいな』と感じ始めて、それで戻って来ました」

昼は20種類ものスパイスを独自に調合した創作カレーを提供するカフェ、夜はバー、そして宿泊客の受け入れと日々めまぐるしく奮闘する琉根さん。「好きな場所。生かしたい」と話す彼の思いが、数奇な運命で今帰仁の森にたどり着いたこの建物に新たな物語を刻んでいく。


伊藝夫妻と琉根さん。「琉根がここをどんな場所にしていくか楽しみ」と秀信さん。壁を覆うアマミヅタは秋に紅葉する。「沖縄でも紅葉気分を味わいたくて這わせたの」と東京出身の敬子さん


友だちの家に遊びに来たような感覚でくつろげる1階は、昼間はオリジナルカレーを出すカフェ、夜はお酒も飲めるバーとして営業する。宿泊階の2階には畳間が3室。「森の中の空間を楽しんでもらいたい」と琉根さんは話す


カウンターに並ぶ桑の実やびわの種の薬草酒は、山野草に関する本を2冊出版したことがあるほど山野草に造詣が深い伊藝夫妻が「仕事はほぼ引退した」今も作り続けているもの。部屋の中央にアパート時代の名残である柱が残る



東京ではイタリア料理や沖縄料理の店で働いていた琉根さんは、ある時カレーに興味を持ち、食べ歩きを繰り返して独自の味を開発。「インドカレーに近いけど少し違う」創作カレーは、スパイスをしっかり利かせつつも優しい味

◆ファームハウス&ストラム
0980-56-2148


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<46>
第1775号 2020年1月10日掲載

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