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2019年3月8日更新

蝶の標本に鹿の角、産院に個性派カフェ(名護市)|オキナワンダーランド[36]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

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運天食堂(名護市)

蝶の標本や動物の骨。アフリカの植物やアンモナイトの化石。名護市の産婦人科医院の一階で2年前から営業するカフェ「運天食堂」は、カフェの常識を打ち破る独創的なインテリアが魅力だ
 

ファッションにしろインテリアにしろ、すっきりとシンプルにまとめるよりは「ガンガン足す」のが運天慎吾さんの流儀だ。

「基本、ガンガン追加するタイプです。年を取ってだいぶそぎ落とされてきましたが、若い頃はブレスレットをジャラジャラ、指輪もガーッと付けて、それこそ映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』でジョニー・デップが演じた海賊のようでした(笑)」

そぎ落とされたとはいえ、人目を引くしゃれた帽子をかぶり、白い蓋骨(がいこつ)の柄(え)がついた傘を持ち歩く運天さんはやはり〝足し算”の人。そんな運天さんが2年前にカフェ「運天食堂」を開いた時、懸念した事が一つあった。

「店のインテリアがわんからわんから(俺が俺が)していてうるさいので、お客さんが落ち着けるか心配でした。ところが意外にも皆さん、『ゆくれました』と言ってくれます」

「わんからわんから」と店内をにぎわせるのは、独自の美意識をもつ運天さんが長年かけて集めてきたユニークなアイテムたちだ。たとえば、猟師から買った本物の鹿の角や、山鳥の羽根。アンモナイトの化石。蝶(ちょう)の標本。蛍石や方解石(ほうかいせき)といった鉱物類。鳥の巣。人の頭蓋骨のレプリカ。どれもカフェよりは理科室や博物館に似合いそうな物ばかりだ。

「自然物の形や色のディテール(細部)が好きなんです。自然物には、人間では作り出せない美しさや個性があります」

運天さんがカフェを開くことを思い立ったのは3年ほど前。父が営む産婦人科医院で事務に携わるなかで、院内の給食チームが作る入院患者さん向けの食事のおいしさに着目。これならカフェでも通用すると考えた。

「34年前に父がここを開院した時、医療だけでなく入院食の質にもこだわる病院を目指したそうです。その伝統は今も受け継がれていて、食事は基本手仕込み。一カ月食べ続けてもかぶらないほどメニューも豊富です」

34年のノウハウが蓄積された自慢の食事に少しアレンジを加えてカフェで提供することにした。店舗は病院1階の駐車場兼倉庫を改装することに。しかし内装デザインを考える段になって、運天さんは迷った。

「埋もれない店にするにはどんな雰囲気、どんなインテリアで勝負したらよいか悩みました。お客さんに受けるかどうかを判断基準にしようかとも考えましたが、結局は自分が見て美しい、楽しい、かっこいいと思うインテリアで行くことにしました」

飲食業の仲間から「そんなに甘い世界じゃないよ」と事前にくぎを刺された通り、オープン当初は覚悟していた以上に苦戦を強いられた。お客さんが一人も来ない日もあった。しかし、じわじわと評判が広がっていった。

「おもしろい店だねと言ってもらえることが増えてきました。大口をたたくのは早すぎますが、北部の飲食シーンに爪痕を残せる店になりたい。目標は、地元客にも観光客にも愛されている名護の老舗レストラン、『コロンバン』と『ふりっぱー』です」

誰にでも親しまれる店にしたいから、運天食堂、と横文字を使わない名前を付けた。

「父の病院が34年やって来られたのは地域の支えがあったからこそ。それは運天食堂も同じです」

父が医療で残した功績に負けない〝爪痕〟を、個性際立つ運天さんのカフェも残すことだろう。



マネジャーの運天慎吾さん。「昔、ヨーロッパの貴族の間で、生物の標本や光る石といった珍品を飾る『驚異の部屋』というものがはやりましたが、それをカフェでやっている感じです」


装飾品や家具の大半は、インターネットのオークションや地元のリサイクルショップで安く手に入れた。「お金をかければインテリアはいくらでもかっこよくできる。いかにかけずにやれるかを追求した方がおもしろい」


中庭側はサンルームのようなくつろぎスペース。沖縄の海と空を象徴する色だからと選んだブルーの塗装が目に心地よい。種々雑多なアイテムが混然一体となりながらも不思議と調和し合うのは運天さんのコーディネート術ゆえ


2階から上は父が営む運天産婦人科医院。カフェを出発点にして、運天さんは今後新たな事業分野に展開していくことも考えている。「構想段階なので詳しいことはまだ内緒ですが、カフェはいわば“序章”。ここから広げていきたい」
◆運天食堂 070-4387-7327


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。
元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<36>
第1731号 2019年3月8日掲載

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