世界のモデル 沖縄から生み出す・沖縄科学技術大学院大学(沖縄県恩納村)|オキナワンダーランド[7]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

沖縄の住宅建築情報と建築に関わる企業様をご紹介

タイムス住宅新聞ウェブマガジン

スペシャルコンテンツ

特集・企画

2016年10月21日更新

世界のモデル 沖縄から生み出す・沖縄科学技術大学院大学(沖縄県恩納村)|オキナワンダーランド[7]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

世界のモデル 沖縄から生み出す

沖縄科学技術大学院大学(沖縄県恩納村)





「日本の、ですか。それとも世界の、ですか」

そう尋ねると、ニール・コールダーさんはきっぱりと答えた。

「世界の、です」

コールダーさんは沖縄科学技術大学院大学(OIST)の広報担当副学長。その人が「本学が目指すのは、大学のモデルとなることです」と言ったので、モデルというのはどこのモデルですかと尋ねたのだ。

「世界のモデルになる」。それはOISTにとって単なるお題目ではない。本気で向かうべきゴールだ。どれだけ本気かを知りたければ、キャンパスの中央に浮かぶ空中回廊、「スカイウォーク」を訪れてみたらいい。

「あれを見たら、設計者が好きなように遊んでいるなーと思うでしょ? それはとんでもない誤解。あれはイボイモリのためにやっているんです」

そう語るのは、OISTの建築設計に携わってきた岡本隆さんだ。岡本さんによれば、スカイウォークの下の谷には「生きた化石」と言われるイボイモリなど、絶滅の恐れのある生物や貴重な動植物が約200種生息する。それら希少生物の生態系を守るため、通路を空中に浮かせて森を傷つけないようにしたという。

「要するに上は人間が使うけど、下は生物の聖域にして、人が降りないようにしたんです」

生物の生息エリアの合間を縫うかたちで設計されたキャンパスの建築工事は困難を極めた。

「工事する人たちは本当に大変だった。でも立派でしたよ。現場事務所にね、『世界最高水準のラボをつくろう』と書いてあって、そこで毎日朝礼をするんです。イボイモリとかの写真が貼ってあって、『絶対に踏むな』と職人に言っていた。自然を守るんだという理念を彼らも真面目に受けとめてやったんです」

「こんな大学は世界に一つもない」と岡本さんが言う自然と共生したキャンパス。そこに世界50カ国以上から研究者や学生が集まり、コールダー副学長の詩的な言葉を借りれば、「美しい織物を織るように」最先端の科学研究が行われている。

「きれいな糸が、ここにも、そこにも、こっちにもある。それが従来の大学の姿です」

コールダーさんはそう言って、空中に垂れる架空の糸を何本か指で描いた。従来の大学では、化学や物理といった分野同士の交流が乏しかったことをバラバラに垂れる糸になぞらえたのだ。

「私が以前いた世界的な有名校においても、例えば物理学者が神経科学者と会う機会はゼロでした。しかし本学では、これらの糸を全部織り合わせて、紅型のような美しい模様の“織物”を生み出そうとしているのです」

「糸を織り合わせる」ために、研究者が分野の垣根を越えて交流できるよう環境づくりを行っていると、広報ディビジョンの大久保知美さんは言う。

「教員室の配置も、細胞学者の隣が植物遺伝学者で、その隣が物理学者と、全く違う分野の人を隣り合わせています。部屋が近いと自然と話をしますから」

設立からわずか5年ながら世界で最も権威ある科学誌の表紙を飾る研究成果も上げているOIST。イボイモリもすむ森の真ん中で、あらゆる国、あらゆる分野の「糸」を自由自在に織り合わせた、“紅型模様“の科学研究が花開きつつある。



近未来的な雰囲気の「トンネルギャラリー」。この先のエレベーターで、カフェテリアなどがあるセンター棟にアクセスできる。センター棟とスカイウォークは一般に公開されていて、ガイドツアーも行われている



ギリシャ出身のパナジオティス・グラマティコプロスさんは、計9カ国の研究者から成るチームでナノ粒子を研究する。「前にいたイギリスの大学よりOISTは国際的。世界中の人とサマーキャンプをしているみたいな所です」



グッドデザイン賞を受賞した学内の住宅施設。「同じプランがないように窓などを一個一個変えています。壁の色は構内に生えている琉球松の幹の色などをベースにつくりました」と設計者である国建の柴山義文さんは話す



「他の大学になくてOISTにあるもの、それは沖縄の人々です」とコールダー副学長は言う。「沖縄の人はいつも笑顔で親切。だから研究者たちも沖縄に居続けたくなる。沖縄の人々は本学の成功にとてつもなく貢献しています」


上記写真:自然との共存という理念がかたちになったOISTのキャンパス。「自然を守るんだという理念を見失わずに最後までやり通している」とキャンパス全体の主設計者である岡本さんは言う

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


 


文・写真/馬渕和香
[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。コラム「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」を朝日新聞デジタルで執筆。
 


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<7>
第1607号 2016年10月21日掲載

特集・企画

タグから記事を探す

この連載の記事

この記事のキュレーター

スタッフ
週刊タイムス住宅新聞編集部

これまでに書いた記事:2122

沖縄の住宅、建築、住まいのことを発信します。

TOPへ戻る