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2016年9月16日更新

世界一小さくて やさしい美術館|オキナワンダーランド[6]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

世界一小さくて やさしい美術館

キャンプ タルガニー
大田和人さん(糸満市)





芝生の上に青銅色の巨大なお尻がゴロッと横たわっている。かと思えば、形の良いクロキの下に謎の唇が二つ。一つは口笛を吹き、もう一つは神秘的な笑みを浮かべている。溢れるほど咲くハイビスカスの向こうには恐竜の卵のような物体も見える。

「『よし、ここに小さな美術館をつくろう』と決めて、これを無謀にも建てました。あり金を全部はたいて。定年の2年前に」

11年前に「無謀にも」建てたという白いモダンな建物から彫刻の展示された庭を眺めながら大田和人さん(69)は語る。

「退職してからだと、退職金がいつの間にか酒代に消えてしまうんじゃないかなと思ってね」

琉球漆器のソーサーに載せたコーヒーを、大田さんが「どうぞ」と勧めてくれた。茶人が客をもてなすときのような、丁寧な所作だ。着ているTシャツに、聖書の「己の欲するところを人に施せ」という言葉が、まるで流行歌の歌詞か何かのようにさりげなく英語で書かれている。

「個展やグループ展を開ける場所をね、特に若い人たちに提供したかったんです」

私設美術館の「キャンプ タルガニー」をつくったのは、大田さんがまだ那覇市役所に勤めていたときだ。文化部長として市の文化行政に携わったり、市の文化施設が入った「パレットくもじ」に出向したりするなかで、若いアーティストを支援したい気持ちを抱くようになった。

「(那覇市の)市民ギャラリーは、民間のギャラリーに比べれば借り賃が安い。だけど若い人にしたら、それでも払うのは大変だなと思っていたんです」

親から譲り受けた糸満市米須の土地には、40年前に移築した思い入れの深い古民家があった。その隣に、「退職金も、相続金も、ちょっとためていたお金も」全部注ぎ込んでモダンな展示棟をつくり、二つを合わせて「世界一小さな現代美術館」にした。

「世界一大きいと言ったら『ばか野郎、ほら吹くな!』と言われるけど、世界一小さいと言えば、もっと小さいのがあってもみんな許してくれるさね」

昔から、大田さんには弱い立場にある人を陰からやさしく見守るようなところがあった。

20代の頃、友人の高嶺剛監督と二人で「オキナワン ドリームショー」という映画をつくったが、「沖縄の風景を淡々と撮った」というその映画が描き出したのは、仕事にあぶれて途方に暮れる失業者や知的障害をもつ老女や路地裏で無邪気に遊ぶいたいけな子どもたちの姿だった。

「カジトゥー」という、自分で自分に付けたあだ名にしても、由来は幼い頃に一緒に遊んだ発達障害の男の子との思い出だ。

「カズト、と彼は発音できなくて、『カジトゥー、アシバニー』、カズトよ、遊ぼうよ、って言って毎日来ていたんです」

若いアーティストのためにとつくった「キャンプ タルガニー」を、大田さんは開館当初、無料で作家たちに提供していた。最近でこそ施設の維持にかかる経済的負担に「耐えられなくなって」光熱費を受け取るようになったが、“持ち出し”に近いかたちであることに変わりはない。

「世の中にある程度自分が役に立てるのはこれじゃないかなと勝手に決めてね、やってる」と言ってから、一瞬言葉を止め、大田さんはこう続けた。

「だけの話」



正面の壁の色は「古代赤」。「ここ糸満市米須という地域は沖縄戦で一番多くの犠牲者が出た激戦地。この下にも収集されていない遺骨がまだ埋まっていると思います。戦争ほど愚かなものはない、ということを忘れちゃいけないという意味を込めて選んだ色です」​



展示棟の一つは“琉洋折衷”な趣の築65年の古民家。「叔父が糸満の街中につくった診療所の2階部分です。窓枠は明治時代の洋風建築を参考に、叔父が大宜味の大工さんにつくってもらったものです」


所蔵品には作家からの寄贈作品も多い。たとえば座卓の上の陶器はトシコ・タカエズさんの作品。「大田さん、私の作品はあなたが持っているお金じゃ買えないわよ、だからあげる、とくれました」



週末だけオープンし、閉館時間は“日没”。「“アバウト”が好きなんです。5時とか6時とかパシッとやるのは苦手」。お尻の彫刻は、大田さんが特に強い思い入れをもつ故・丸山映さんの作品


上記写真:「キャンプ タルガニー」は、那覇市元職員の大田和人さんが若いアーティストに発表の場を与えたいと私財を投じてつくった「世界一小さな現代美術館」。「タルガニー」は沖縄芝居の登場人物「タルガニ」から。二つの展示棟と庭に、彫刻を中心とする約150点が展示されている

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。朝日新聞デジタルで「沖縄建築パラダイス」全30回を昨春まで連載。
 

『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<6>
第1602号 2016年9月16日掲載

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