古民家カフェの夢かなえた熱い思い(沖縄県本部町)|オキナワンダーランド[8]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

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2016年11月18日更新

古民家カフェの夢かなえた熱い思い(沖縄県本部町)|オキナワンダーランド[8]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

古民家カフェの夢かなえた熱い思い

ハコニワ(沖縄県本部町)



東京のカフェで働きながら「沖縄でつくるなら、自分がつくるなら」と膨らませていった古民家カフェのイメージ。「それをかたちにして見てみたい」という谷口かおりさんの強い思いから「ハコニワ」は生まれた


今から10年前、谷口かおりさんは手紙を書いた。それは、3枚に及ぶ「大学のリポートみたいな」手紙だった。
「これで思いが通じなければ、あきらめるつもりでした」
手紙の送り先は、浦添市に住む男性。一度その人に電話をかけてみたのだが、思いがうまく伝わらなかった。
「ほかを探してくださいと断られました。だけどあきらめられなくて」
本部町の山中で偶然見つけた古民家を、谷口さんはどうしてもあきらめ切れなかった。カフェを開こうと場所を探し始めて既に一年半がたっていた。求めていたのは「海か山の近く」の古民家。出身地の恩納村から始めて名護、本部半島とめぐったが、「空き家はあるんだけど、大家さんまで突き止めるんだけど」貸してはもらえなかった。断られた回数は20回に上った。

「何かふつふつとしていましたね。ここまでイメージが見えているのに表現できる場所はないのかなって。お店で流す音楽も、料理をのせる器も、どんなテーブルや椅子を置くかも、イメージは固まっていました。それを絶対に表現したかった」
そのイメージは、23歳から5年間暮らした東京で芽生えたものだった。二軒のカフェの仕事を掛け持ちして昼も夜も働くなかで、「自分がカフェをするとしたら、沖縄の古民家でやりたい。器はやちむんを使って、壁は漆喰にして」などと考えるようになっていった。

心に湧き上がるイメージ。あふれ出るアイデア。あとはそれを実現する場所さえあればよかった。本部町の古民家に運命的な出合いを感じた谷口さんは、家の持ち主に熱意を訴えた。
「ここまでの家は出合ったことがありません。もしも貸してくれるならこの家が生きるように頑張ります。チャンスをもらえませんか、と書いたんです」
物事をあきらめない質というわけでもないのに、「カフェについては絶対に自分のイメージを形にして見てみたい、そこで働きたい」と思ったという。そんな谷口さんがありったけの思いをつづった手紙は「ほかを探して」と一度は断った人の心を打った。

「すぐに電話がかかってきて、『あなたの手紙を読みました。やりたいことが伝わってきました。ぜひ借りてください。頑張ってください』と言われました」
それから10年、「絶対に見てみたかった」カフェは、人気のカフェ「ハコニワ」となって、いま谷口さんの目の前にある。
周囲の森に守られるように建つ古民家。畳だったのを張り替えた、足に優しく触れる無垢材の床。自分で塗った乳白色の珪藻土の壁。デザインを絵で伝えて大工さんに作ってもらったテーブル。わざと色や形を不揃いにした椅子。「耳に残り過ぎなくて、少し異空間な感じ」も醸す音楽。

「あの頃に見たイメージは、全部実現されていると思います」
そう話した谷口さんに、イメージした以上に実現できたことは何かありますかと尋ねると、少し考えてからこう答えた。
「旦那さんの器、かな。陶芸家と結婚して、その人の器をお店で使うことになるとは想像していなかったです」
ぬくもりのある暖色の明かりと、ふわふわと耳をなでる「異空間な」音楽に包まれたハコニワに、谷口さんの笑い声が響いた。



「ハコニワ」という名前は、古民家と庭のたたずまいから谷口さんが「直感で」決めた。テーブルや椅子のデザインをバラバラにしたのは「お客さんが、今日はあっちの席に座ってみようとか、気分によって変えられるほうが楽しいかなと」感じたからだという


「赤ちゃんからお年寄りまで来られる壁のないカフェ」を目指す店には90代のおばあちゃんも来る。「おいしかったよと言って握手して帰ります。古民家は、昔から見ているものだし、お年寄りも入りやすいのでしょうね」


店のいたる所で、古民家のノスタルジックな魅力と谷口さんの現代的な感性が心地よい“化学反応”を起こしている。改装は知り合いの大工さんと相談しながら進めた。端材を貼ったカウンターは大工さんの制作
 


心掛けているのは「変わらないこと」。「変えたい部分が出て来ても、変えないでいることも大事かなと思います。以前来た人に『やっぱりいいね。変わってないね』と思ってもらえるように」


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


 



[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。コラム「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」を朝日新聞デジタルで執筆。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<8>
第1611号 2016年11月18日掲載

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