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2020年5月15日更新

洪水と共存|自然と人間が「持ちつ持たれつ」|細部から文化が見える

文・写真/後藤道雄(建築家)
「自然の恩恵とリスクは常に隣り合わせ」と話す建築家の後藤道雄さん。そのリスクに備える知恵を徳島県の「田中家住宅」と「高地蔵」からひもといていきます。




田中家住宅の御母屋。国の重要指定文化財。石垣は吉野川から氾濫した水が来る方向に船の舳先のようにとがっており、水位に合わせて徐々に低くなっている。田中家の先祖は約400年前、地元産の藍を製品化する商いを営んでいた。1854年完成の現存する住宅は一人の棟梁(とうりょう)が30年かけて造った建築。敷地面積約2100平方メートルに御母屋、藍納屋、土蔵など11棟、延べ814.61平方メートル(約247坪)の大きな住まい。


軒先には避難用のボートも設置されおり、用意周到の対策は洪水と共生する文化といえる。

「命だけは助かる」家

吉野川流域には自然に逆らわない家づくりの跡が残っています。例えば徳島県名西郡石井町にある田中家住宅。一人の棟梁が、御母屋や土蔵など11棟を30年かけて造りました。

吉野川にかかる高瀬潜水橋に近い畑地にあって、堤防決壊による洪水に備えて屋敷は地元産の石を積んで盛り土し、石垣のコーナーは吉野川に向かって船の舳先のように尖っています。吉野川に近い角が一番高い石垣になっていて、徐々に低くなっていきます。

屋敷に水が上がり高床の畳を越えて立てないほど水かさが上がれば軒先に常備しているボートに乗って逃げます。

逃げる時間がないほど一気に水かさが上がってきた場合は最後の手段として部屋の天井を突き破り、茅葺きの小屋裏にのぼります。さらに増水したら川の水にポッカリ浮いた「茅葺きの舟」に乗って移動し「命だけは」助かろう、というという考えです。洪水の段階ごとに避難手段を変える周到さには脱帽です。

堤防の決壊や氾濫で水害に見舞われる流域の人たちは水害の恐ろしさを十分知っています。しかし一方で川の氾濫は上流から栄養たっぷりの土を無償で供給してくれることも知っています。

数年に一度の命がけの避難と引き換えの肥沃な土。大自然の脅威と向き合い、慎ましくかつ確実に生き残る道を、住まいづくりの知恵として残す田中家住宅。自然と共生する住宅の象徴的存在だと考えています。



田中家住宅の御母屋。国の重要指定文化財。石垣は吉野川から氾濫した水が来る方向に船の舳先のようにとがっており、水位に合わせて徐々に低くなっている。

田中家の先祖は約400年前、地元産の藍を製品化する商いを営んでいた。1854年完成の現存する住宅は一人の棟梁(とうりょう)が30年かけて造った建築。敷地面積約2100平方メートルに御母屋、藍納屋、土蔵など11棟、延べ814.61平方メートル(約247坪)の大きな住まい。

流域を見守る「高地蔵」

住まい以外にも、洪水を見越した地域文化が残っています。吉野川の流域で常日ごろ地域を守ってくれているお地蔵さんは、洪水の濁流で水没させないために平地より高い位置に鎮座します。

「高地蔵」は吉野川の下流域に三百基以上あって、洪水で亡くなった方々の供養や流域の安全を見守る一方、低い土地ほど設置位置が高くなることから、これまでの洪水時の水位を表していて、住民に警鐘を鳴らす地域文化のひとつと言えます。

災害大国日本。今の日本は、「国土強靭化」政策で川や海と人間との距離が遠くなっていく感じがします。危険と同居するのが日本の文化です。肥沃な土を運搬する川と洪水のように、温泉と火山、漁村と津波、高台と台風、展望とがけ崩れなど、自然の恩恵とリスクとは常に隣り合わせです。

吉野川流域の人たちは、吉野川の恐ろしさを知った上で「持ちつ持たれつ」の関係で自然と共存しようとしました。

最近、堤防が高くなった吉野川は氾濫しにくくなりましたが、皮肉にも自然の栄養をもたらさないため、畑の栄養は化学肥料で補うしかありません。全国の水害状況や強靭な堤防事業を高所から見ているお地蔵さんに、現代の治水事業についての感想をこっそり聞いてみたいところです。


「高地蔵」。徳島県内で一番高い全高4.19メートル、台座高2.98メートルの徳島市国府町の「東黒田のうつむき地蔵」。文化8年(1811年)当時、県内屈指の豪農・豪商の長篠孫太郎が自己資力で建立。吉野川下流域には台座1メートル以上の高地蔵は300基以上残っているが、建立時期は1740年~1780年が一番多い。道標になっている場合もあるが、水害で亡くなった方々の慰霊と洪水の警鐘として流域文化の礎になっている。(写真提供:徳島市教育委員会)


北中城小学校の児童を対象とした「減災・防災授業」で筆者が発表したイラスト。同村の津波時の避難計画について描いている。一時避難の原則は「命だけは!」。浮いた木造の屋根での移動や備え付けた木の根元をくりぬいた浮輪で浮いて救助を待つ例。


ちなみに木の浮輪の名は「命だけ輪」。高台の森にはタキギ(火)や地下水はもちろん仮住まいの材料や食料がある。自然災害は多々あるが、自然で助かることも多い。(おきなわ環境塾)




[文・写真]
後藤道雄(建築家)
ごとう・みちお/熊本市出身、北中城村在住。伝統建築「これから」研究会会長、おきなわ環境塾塾長、一級建築士、技術士(建設部門・総合技術監理部門)、APECエンジニア(Civil)環境カウンセラー(市民部門)。受賞歴:水辺のある街提言・最優秀賞、住宅建築大賞、木材活用コンクール・木材技術センター理事長賞、エコロ人大賞など。著書は「きたなか林間学校」「龍の道ものがたり」など


毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1793号・2020年5月15日紙面から掲載

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