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2018年2月23日更新

驚きの極薄コンクリート|愛しのわが家・まち

[HPC(ハイブリッド・プレストレスト・コンクリート)]分厚くて、どっしり重い。コンクリートと聞けば、誰もがそんなイメージを思い浮かべるだろう。しかし、未来の世界では全く違うコンクリートのイメージが定着しているかもしれない。そんな想像をかきたてる薄くて軽やかで、しかも強靱(きょうじん)な驚きのコンクリートが沖縄で誕生した。

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沖縄生まれの“世界初”



厚み4センチ以下という驚異の薄さを誇るHPCを外観に全面的に使った、南城市のコンクリート製造会社・技建の本社ビ

「まさに、沖縄語で言うところのチムドンドン。ハートをズドンと撃ち抜かれました」

4年前、建築家の細矢仁さんは南城市のコンクリート製造会社、技建の工場にいて、畳4畳ほどの大きさのコンクリートの板を見つめていた。「コンクリートがここまで薄くなるなんて」。画期的なコンクリートが生まれたことを確信し、胸が高鳴った。

板は、厚さが3.6センチ。たとえるなら、長編小説の単行本ほどの厚みしかない。通常の鉄筋コンクリートと比べたら数分の1だ。細矢さんは、「ただただ驚くしか」なかった。

驚異的に薄いコンクリートは、HPC(ハイブリッド・プレストレスト・コンクリート)と命名され、2015年に国内特許を取得した。現在、アメリカなどで国際特許を申請中だ。HPCの生みの親、HPC沖縄代表の阿波根昌樹さん(53)は言う。

「世界最先端のことが沖縄で行われているとは誰も思っていない。最先端は東京やアメリカで生まれると皆が思っている。ところが、すぐ足元の沖縄でも最先端がつくられているのです」


HPC(手前)と通常の鉄筋コンクリート。厚みの違いは一目瞭然だ(写真提供・HPC沖縄)


薄さと強さの秘密

開発されてわずか4年にもかかわらず、HPCは既に県内の銀行や病院、そして那覇の新バスターミナルの建設などに使われている。県外でも、海外の有名ブランドの東京店の内装に使われているほか、台北に建設中の超高級マンションの床材の一部にも採用が検討されている。

県内外から熱い視線を集めるHPCだが、一番の売りは、やはりその薄さ。4センチを切る薄さがなぜ実現できたか。答えは鉄が入っていないことにある。

現在広く使われている鉄筋コンクリートは、コンクリートの中に補強材の鉄筋が埋め込まれている。鉄筋がいわば骨となってコンクリートという肉を支えている。ところが鉄筋は空気や水に触れるとさびるため、まわりの“肉”を念入りに厚くしておかなくてはならない。結果、鉄筋コンクリートは分厚くなる。

これに対して、HPCの“骨”はカーボンワイヤー。飛行機の機体や電線にも使われる炭素繊維をねじり合わせたものだ。こちらは鉄と違ってさびることがない。だから鉄筋コンクリートのようにコンクリートを厚くする必要がなく、ほっそりと“やせた”コンクリートをつくれる。

しかしいくら薄くても、容易に割れる弱いコンクリートでは使い道がない。そこで阿波根さんや技建の技術者たちは、HPCの強度を上げる工夫を行った。

その一つが、中に仕込むワイヤーを、ゴムを引っ張るようにあらかじめ引っ張っておいて、そこにコンクリートを流し込むというもの。コンクリートが固まるのを待って引っ張りをやめると、伸びたワイヤーが元に戻ろうとする。それにつられてコンクリートも縮む。こうしてコンクリートの強度が増す。

強度面での工夫はまだある。コンクリートをひび割れしにくくするために、細かな繊維を中に混ぜ込んだり(土壁にわらを混ぜるのと同じ発想だ)、化学混和剤を入れたりしている。

「実は、炭素繊維も引っ張ることも混和剤も、コンクリート製造の世界では目新しいものではありません。それらを組み合わせたことが世界初。電気自動車とガソリン車を組み合わせてプリウスができたのと同じです」


HPC製のプレハブ小屋。「机上の耐用年数は100年、200年というプレハブです」と阿波根さん(写真提供・HPC沖縄)


那覇市のまんまる子どもクリニックにもHPC製の壁が使われた。壁が薄い分、空間を広く有効に使うことができる。設計した細矢さんは、「『あれ、僕、こんな寸法で設計したかな』と驚いたほど広く感じられます」と話す(写真提供・細矢仁建築設計事務所)


広がる可能性と夢

阿波根さんがプリウスにたとえる革新的素材のHPCは、建物の主要部である柱や梁には今のところ使えない。必要な認定を取得していないからだ。しかし一般住宅の壁や天井などには使えるし、薄い素材だからテーブルなどのインテリアも作れる。

「さびないので海中でも使えます。海中遊園地みたいなものをこれでつくったら楽しそう」

1975年の沖縄海洋博の時、海底都市のパビリオンに10回も通った阿波根さんは、海中建築に人一倍強いあこがれがある。

「少年の頃に夢見た海底都市の実現に、HPCを使って近づけたらいいですね」

台湾が脱原発を目指して整備を進めている洋上風力発電施設にも、海水に触れてもさびないHPCを役立てられないか、阿波根さんは考えているという。メイドインオキナワの技術が、世界をチムドンドンさせる日はそう遠くないかもしれない。



右からHPC発案者の阿波根さん、技建本社ビルを設計した建築家の細矢さん、技建の宮野伸介設計室長

 

くるくる回る目隠しコンクリート

閉じればコンクリートの堅牢な壁となって外部の視線や台風から住人を守り、開ければ風や人の出入り口になって涼しい風や来客を室内に招き入れる。うるま市のHさん邸の目隠しスクリーンは、頑強ながら薄くて軽いHPCの特性をうまく生かしている。

「H邸は、HPCを住宅に使う第一号のプロジェクトでしたので、全く新しい素材であるHPCにふさわしい、斬新な使い方の可能性を探りました」。そう話す設計者の美濃祐央さん=下写真=は、探る過程で4センチ弱というHPCの薄さが、ちょうどあるものと同じであることに着目した。

扉や障子と、厚みが一緒だと気づいたんです。そうだ、HPCで扉をつくってみよう、と思いつきました」

扉は15枚つくり、それぞれの真ん中に縦軸を通して回転扉のように360度くるくる回るようにした。その時々の天気や時間帯や住人の気分に応じて、全開、全閉、こちらの扉は閉めてあちらは開ける、といったさまざまな開け方ができるように。

「開けた状態ですと出入り口としても使えますので、来客時には家族用の玄関を通らずに家にあがってもらえます」
住人の生活のニーズに柔軟に応えるHPC製スクリーンだが、風雨にさらされても劣化しにくい耐久性の高さも長所だ。コンクリートと炭素繊維とポリプロピレンが主な材料なので、木のように腐る心配もなければ、鉄のようにさびることもない。従ってメンテナンスにかかる費用が少なくて済む。

「薄くて軽量で、しかも多様な形を表現できるHPCは、大きな発展性を秘めた素材です。HPCで家具をつくるなど、おもしろい使われ方が今後どんどん編み出されていくでしょう。僕としても、HPCの美点を生かしたデザインを追求していきたい」

美濃さんによれば、住人のHさんは、HPCスクリーンを「楽しみながら使っている」と話しているという。住む人には楽しさを、つくる人には夢を、HPCは与えている。



HPCが初めて住宅に使われたH邸(下の写真はミノアーキラボ提供)


設計者の美濃祐央さん

 


ライター/馬渕和香
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1677号・2018年2月23日紙面から掲載

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