子どもの健康守る まあるい城(南風原町)|オキナワンダーランド[10]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

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2017年1月20日更新

子どもの健康守る まあるい城(南風原町)|オキナワンダーランド[10]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

子どもの健康守る まあるい城

沖縄小児保健センター(南風原町)


35年にわたって資金を積み立ててつくったという「沖縄小児保健センター」には、子どもの健やかな未来のために献身的に力を尽くしてきた人々の思いが詰まっている


鉛筆の一本も無駄にしない。念願の“子どもの城”をつくるまでは-。
30年以上も変わることのなかった、そんな固い信念の上に、このまあるい建物は建っている。
「35年もの間、ずーっとお金をためて、ようやくここを建てることができたんです」
沖縄県小児保健協会の会長を務める、小児科医の宮城雅也さん(62)は語る。

「東京の『こどもの城』、あれを我々は目標にしたんです。子どもの健康のことならここに来れば分かる、親御さんもここに来ればいろんなことが聞けるし、人ともつながれる。そういう“子どもの城”をつくりたいね、というのが最初の発想でした」
35年越しの夢は、2008年、「沖縄小児保健センター」となって実現した。建物の設計を任されたのは東京の建築家チーム。その一人、細矢仁さんは、16組の中から設計者に選ばれた時、喜びに浸るというよりも「冷や汗をかいた」と回想する。

「今でもよく覚えていますが、保健協会の理事のお一人から、これを建てるために鉛筆の一本でも大事にしてコツコツとお金をためてきたというお話をうかがったんです。30年以上の思いが詰まったお金の意味たるや、やっぱりすごいものがあったので、冷や汗をかきました」

沖縄県小児保健協会。その名前を聞いてすぐにどんな組織か分かる人は少ないかもしれない。だが本土復帰の頃に小児科医らの呼びかけで発足したこの団体は、沖縄の子どもたちの健康と切っても切れない関わりがある。
保健協会の設立は1973年。当時、沖縄の子どもたちは麻疹などの感染症の脅威にさらされていた。脳炎などの合併症を起こして亡くなる子どもが少なくなかった一方で、小児科医の数は不足していた。
「医者が少なかったので、市町村が自分たちで医者を確保して乳幼児健診を行うことが困難でした。そこで有志の小児科医らが健診を一手に引き受ける組織をつくったのがこの協会です」

乳幼児健診の“受け皿”となった協会は、離島を含む県内の隅々まで小児科医らの専門家チームを派遣して健診を行った。小児科医のいない離島でも、那覇のような都市部と同じ内容の健診を受けられる「沖縄方式」と呼ばれる健診システムがこうして生まれた。全国でも珍しい、地域格差のない健診。それを支えたのは、土日も返上で健診に当たってきた小児科医ら関係者だと宮城さんは言う。

「離島にも皆、喜んで行ってくれますよ。『離島の子どもたちを診たい』と言ってね。小児科医の先生は皆、純粋なんです」
異口同音に、建物を設計した細矢さんもこんなことを言った。
「保健協会の理事の皆さんはすごい肩書を持つ小児科医の先生たちなんですが、とても心が純真なんです。設計の打ち合わせの時も、子どもたちがぐるぐる走り回れるような建物をつくりたい、と思いを語るうちに感極まって涙をこぼした方もおられました」

建物のかたちは施主の個性のかたちだ、と細矢さんは言う。ならば、母性のぬくもりを連想させる、小児保健センターのゆらゆらとした優しい曲線は、涙を流すほど純粋に子どもたちの健やかな未来を願い、献身的に力を尽くしてきた人々の心のかたちなのだろう。


センターは外部も内部も曲線でデザインされている。細矢さんと共同で設計を行った船木幸子さんは、「“小児保健”という言葉や小児科医さんというものが持つ柔らかな印象を曲線で表現しました」と話す


エントランスに楽しげな雰囲気を添える人型のオブジェ。「入り口を示す標識でありながら、歩道と車道を分ける役目も果たしています」と船木さん。「サイズは子ども、シルエットは大人」のイメージでつくったという


子どもが走り回れるようにとつくった「遊ぶゾーン」。離れた場所からでも子どもの様子が分かるようにガラスの壁になっている。保健協会は学術研究活動も行っており、館内には小児保健に関する資料を集めた部屋もある


協会が今、注目しているのは子どもの心の健康。「発達障害などのお子さんやその親御さんを早めに見つけて支援する時代になってきた」と宮城さん。問診票には「子育ては楽しいですか」といった質問も入れている


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。コラム「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」を朝日新聞デジタルで執筆。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<10>
第1620号 2017年1月20日掲載

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