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2025年10月3日更新
介護は突然やってくる! 空間デザイン心理士と考える住まいの備え|家と心理㊸
空間デザイン心理士Ⓡで一級建築士。2児の母でもある、まえうみ・さきこさんが、空間を心理的に解析。今回は生活機能分類(ICF)をもとに「介護に備える住まい」を考える。

国際生活機能分類(ICF)とは
ICFとは、WHOが示した「生きることの全体像」を示す世界共通の基準。生活機能を「心身機能」「活動」「参加」三つのレベルで考える。今回は三つのレベルに応じてその人に合った「介護と住まい」の在り方を考えてみる
先日、友人とお茶をしていた時のこと。「母が転んで骨折してしまった。介助が必要になり、急に介護のことを考えざるを得なくなった」と打ち明けられました。通院の付き添い、買い物の代行、日常生活の補助など。仕事・家庭をしながらの介護は大変で、「この先どうなるんだろう…」と話していました。普段は明るく元気な彼女が、少し不安そうに話す姿を見て、私も胸がぎゅっとなりました。
介護はまだ先…と思っていても、その時は突然、やってきます。病気やけがは、親だけでなく夫や妻、子どもや家族にも起こりうること。つまり、介護は日常の延長線上にあるものなのです。
大切なのは、介護が必要になってからあわてて情報を集めるのではなく、普段から「介護に必要な暮らしの全体像」を整えておくことです。
そこで役立つのが「ICF(国際生活機能分類)」の考え方です。ICFは世界保健機関(WHO)が示した、健康の構成要素に関する分類で、「心身の機能」「活動」「参加」という三つの視点から暮らし全体を見ていくものです。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、ICFの視点を暮らしに取り入れることは、介護の備えを自然に行うことにもつながるのです。
小さな工夫で備える
①「心身の機能」を支える住まい
「心身の機能」とは、手足の動き、内臓の健康、記憶力などを指します。住まいに置きかえると、段差の解消や手すりの設置、十分な明るさ・風通しが確保されている場所が「心身の機能を支える空間」となります。
例えば「ここでよくつまずくな」と気づいた場所はスロープを付けたり、手すりを付けるなどの手を加えて心身機能をサポートします。身体が少し動きにくくなっても「安心して動ける家」であることは本人の尊厳を守り、家族の心の負担を軽くしてくれるのです。
②「活動」をスムーズにする生活動線
「活動」とは歩く・食べる・着替えるなど、日常生活の中の行動を意味します。ここで大切なのは活動するための動線。寝室からトイレまでが近ければ夜間も安心。キッチンとダイニングの距離が短ければ食事の準備や片付けもラクですよね。浴室や洗面所をバリアフリーにしておけば、入浴の介助もしやすくなります。
こうしたことを「介護が始まってから考えよう」ではなく、「毎日の暮らしを少しでも楽にするため」に考え、整えていくことが、将来的な介護をぐっと軽くしてくれるのです。
③「参加」をサポートする場をつくる
「参加」は、家族や地域との関わりを意味します。介護が必要になっても、人とのつながりは生きる力を支える大切な要素。リビングに自然と人が集まるよう家具を配置する、窓から庭や街を眺められるようにする。そんな工夫が「ここに居たい」「誰かと関わりたい」という気持ちを育みます。介護は「する・される」だけの関係ではありません。人と関われる場所を住まいの中にどうつくるか。その工夫が、介護の質を大きく左右するのです。
ICFの三つの視点は、決して難しい理論ではありません。「心身の機能」「活動」「参加」という暮らしの三本柱を整えることは、毎日の住まいを快適にすることと同じです。
介護の備えは、特別なリフォームや大きな費用をかけることだけではありません。「安心して動ける家」「日常の動作がしやすい家」「家族や地域とつながれる家」をかなえるための小さな工夫を積み重ねることが、そのまま介護の準備にもつながります。いざという時に家族みんなを支えてくれるのです。



◆ ◆ ◆
冒頭でもお話ししましたが、介護は「突然の出来事」ではなく「暮らしの延長線上にあるもの」。住まいを整えることが、そのまま介護の備えになります。その視点を住まいづくりに取り入れてみてください。
参考文献/リハビリ介護入門(野尻晋一、大久保智明著)

[文・イラスト]
まえうみ・さきこ/1976年、嘉手納町出身。建築会社に20年勤務したのち、2021年6月に「ielie(イエリエ)」を設立。建築の知識やママの経験を生かして、住まいの悩みに応じたコンサルティングやインテリアコーディネートを行う。一級建築士、空間デザイン心理士®、夫、2人の子ども、猫2匹で暮らす。
http://ielie.net
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第2074号 2025年10月03日紙面から掲載