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2020年10月30日更新
人とアートをつなぐ拠点としてのホテル|HOTELに習う空間づくり[15]
当連載では県内のホテルを例に、上質で心地良い空間をつくるヒントを紹介する。
今回はホテル アンテルーム 那覇の空間をクローズアップする。
ホテル アンテルーム 那覇(那覇市前島)
斜めのラインが印象的な外観は、彫刻家・名和晃平氏の代表作の一つ「Direction」のデザインを施している。宿泊しなくても美術品の見学や、レストラン利用も可能。レストランの予約などは同ホテルのHPからできる。https://okinawa-uds.co.jp/hotels/anteroom-naha/
「困惑の玄関」の狙い
ホテルの顔である玄関で、「ホテルに来たことを忘れてもらいます」とSF映画のようなことを言う山森薫支配人。
「ホテル アンテルーム 那覇」の玄関は、全面が白い自動ドア。案内表示はほぼなく、中も見えない。困惑しながら入ると、青い照明の中にスプレーアートが浮かぶ。
ホテル玄関を入ってすぐの「ウインドブレークルーム」の壁面には、国内外で活動する美術家、やんツーさんの作品「Untitled Drawing♯4(by a Device for“Graffiti”」が描かれている。つり下げたスプレー塗料を装置で円運動させて描いた勢いのある作品。写真右奥の白い扉が次の空間へと続く
真っ白な空間の中、やんツーさんのアートだけが「動」。フロントとはほど遠い異空間に、戸惑いは頂点に達する。恐る恐る次の自動ドアを開けた途端、息を飲んだ。
無数の赤い点、点、点。あまりの存在感に気おされた。高さ6㍍の大空間一面に描かれているのは大和美緒氏の作品だ。
高さ6メートルのエントランスホール全体に描かれた「RED DOT(BIO)」。アクリル絵の具の赤い点から成る。京都を拠点に活動する大和美緒さんの作品で、沖縄の御嶽や自然からインスピレーションを受けて生まれた作品
2階のフロントにたどり付くまでにも絵画や彫刻、オブジェなどさまざまな作品があり、美術館に迷い込んだかのようだった。「思惑通りです」とうれしそうに話す山森支配人。
那覇市前島の泊港に面した土地。「実はホテルを建てようと思っていたわけではないんです。アートを介したまちづくりの拠点を造りたかった」。同ホテルの母体であるUDS(株)は10年ほど前、京都市の都心から離れた東九条にアート&カルチャーをコンセプトにした「ホテル アンテルーム 京都」を建てた。空き家や空き地の多かった東九条が、「今やアーティストが多く住み、おしゃれなカフェが並ぶ面白いスポットになっています」。
大きな映画祭やアートイベントが開かれる沖縄でも、「アンテルームが起爆剤になる可能性を秘めていると考えました」。 ことし2月、6階建て全126室の「ホテル アンテルーム 那覇」を開業した。
ホテルの彩りとしてのアートではなく、アートに出合う場が「アンテルーム」なのだ。「ホテルに来たことを忘れてもらう」のも、空間の核がアートだから。
玄関や通路、ギャラリー、客室にも数々の作品。展示の仕方にも信念が見て取れる。作品を囲う柵がなく、「触れないでください」の注意書きもない。「作品に触れないというのは鑑賞の基本。見る側のマナーも育めたらいいなと思うんです。でも、管理者としては気が気じゃないんですけどね」と苦笑する。
オープンな展示のおかげで身近に感じられ、アートの中に入り込んだような面白さもある。
アートがある暮らし体感
客室にも彫刻家の名和晃平さんやアート担当者らが厳選した作品が飾られている。有名なアーティストから、県立芸大の卒業生のものまでさまざま。「購入できる物も多いんですよ。すでに6点ほど売れました」
301号室は美術家・神谷徹氏による「コンセプト・スイート」。壁やテーブルなどに沖縄の自然を色彩のグラデーションで表現した作品が飾られている
204号室は美術家・黒坂祐氏のコンセプトルーム。客室全体が沖縄の街並みを表現した一枚の絵画のよう(撮影/ナカサアンドパートナーズ)
216号室には貼り絵のダイナミックな作品が飾られている。山森支配人は「この作者は県立芸大の卒業生。とてもいい作品なので、置かせてもらった。若いアーティストの発信と交流の場になれば」と力を込める
ホテルはアートのある暮らしを体感するのにうってつけだ。横になって、食事をしながら、ボーッと見るテレビの片隅に、アートが目に入る。「見る側にはアートを身近に感じてもらい、作り手にはアートで食べていく突破口になりたい」山森支配人は言う。「アンテルーム」とは「待合室」の意味。「アートやカルチャーとの出合いを演出する」と話した。
ホテルの中心にはギャラリーが設けられていて、新世代のアーティストやクリエイターの作品を展示している。床に置かれている雑誌も作品
取材/東江菜穂
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1817号・2020年10月30日紙面から掲載
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この記事のキュレーター
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編集者
週刊タイムス住宅新聞、編集部に属する。やーるんの中の人。普段、社内では言えないことをやーるんに託している。極度の方向音痴のため「南側の窓」「北側のドア」と言われても理解するまでに時間を要する。図面をにらみながら「どっちよ」「意味わからん」「知らんし」とぼやきながら原稿を書いている。