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2020年6月12日更新

都会の狭小地で余白をゆとりに(那覇市)|オキナワンダーランド[51]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

鮫島拓さん邸(那覇市)


都会の狭小地でも、いやだからこそ、住まいに“余白”を取り入れると暮らしは豊かになる。建築士の鮫島拓さんがそうした考えのもと、那覇の中心部に建てた自邸は、都市住宅の新たなあり方を示している


「例えば料理にしても、自分がおいしいと感じるだけではなくて、みんなも笑顔になれる味を想像して作ると、よりおいしい料理ができると思います」
「みんなが笑顔になれる」。それは、建築士である鮫島拓さんが、建物をデザインする際にも必ず思い描くことだ。
「住む人だけが満足するのではなく、周りの人にも喜んでもらえるように設計したい。それが結局、住む人の喜びにもつながると思うんです」

つい半年前に那覇市内に完成した自宅も、「自分も周りも、みんなが楽しくなる」イメージで設計した。建築地は国際通りや公設市場が徒歩圏内という人口密集地の中。建物や塀や電柱が無秩序に立て込んでいて、敷地前の道路幅はわずか1メートル。家が建てられるとは誰も思わないような状況だった。
「電柱をどこに移すか、狭い道に工事車両をどう配置するか、といった解決すべき点がヤマほどありましたが、建てられる自信はありました」

敷地は36坪と決して広くない。普通なら、道路との境界線ギリギリまで建物を建てたくなる誘惑にかられるかもしれない。実際、周辺の建物の多くはそんなふうに建っている。だが鮫島さんは違った。道から数メートル、建物をむしろ後退させた。
「その分家は狭くなりますが、家の外は逆にゆとりが出て豊かになります。広くなった外に緑を植えれば通りかかる人も気持ちがいい。建物が立て込みがちな街中ほど、建物を引っ込ませて“余白”を作った方がいい」

引っ込めたことで家の前にできた広場のような空間にヤシや芭(ば)蕉(しょう)を植えた。すると周辺に面白い変化が生じた。近所の人たちも、通りに植物を並べたり塀を新調したりし始めたのだ。
「設計をする時にいつも考えるんです。どういう建物を設計したら、そこから人と人とのふれあいが生まれ、街によいことが起きるだろうかと。わが家がここに建ったことで何か波及効果が生まれたのであれば、とてもうれしいことです」

都市部の狭小地でも、いやだからこそ、「余白」を建物に取り入れる。そこから「よいこと」が生まれることを期待して。そうした設計を鮫島さんは屋外だけでなく屋内でも実践している。例えば、数年前に設計した近くの住宅では、室内に広さ7畳の中(なか)土間を組み込んだ。

「中土間は、狭小住宅設計の“ミソ”と言える部分です。土間という場所は、キッチンや寝室と違って使い道が決まっていません。でもだからこそ、物置にしたり、隣の部屋とひと続きにしたりと、いかようにも使うことができる。用途が決まっていない余白的なスペースを持つと暮らしは豊かになります」

人や建物がひしめく都会の中で、小さくてもいいから住まいのどこかに余白を持つ。それは、心の中にも余白を作る行為なのだろう。鮫島邸にある広場のような、ゆとりと安らぎの余白を。



鮫島さんと、家に滞在中のお母さん。4階建ての1階は鮫島さん夫妻の住居兼設計事務所になっている。手前の植栽が道路との境界線。建物を後退させて建てたことで広場のようなゆとりの空間が家の前にできた


1階。「狭小地だから窮屈な住まいになるとは限らない。設計を工夫すれば快適に暮らせる」と鮫島さん。動線をシンプルにする、一つの場所に複数の機能を持たせる(例えば、廊下を書斎兼用にする、など)といった方法があると話す
 


「沖縄の良さは、自然の中だけでなく街の中にもある。それを体験してもらえる場所になれば」と2階と3階で宿を運営している。「沖縄の素材の手触り」を感じてもらうため、客室には島の木を使った家具や地元作家の器を置いている


鮫島さんが設計したNさんの店舗兼住宅。2階の住居部分に広い中土間がある。「中土間は、外から取り込んだ光や風を室内にめぐらせる通り道になる。将来、隣に高層建築が建つ可能性があるが、そうなった時にこの土間が生きてくる」と鮫島さん


近くにあるMさんの店舗兼住宅も鮫島さんの設計。「床下に収納を作ったり、天井を高くしてロフトを設けたりと、50平米ほどしかないスペースをうまく生かしていただいた」と住人のMさん。ここでも、1階を意図的に引っ込ませて余白を作った


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<51>
第1797号 2020年6月12日掲載

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