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2016年7月15日更新

森に酔いしれる「私だけの」空間|オキナワンダーランド[4]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

マガチャバル オキナワ

平井嘉久さん(今帰仁村)




梅雨はまだもう少し居座るつもりらしく、じれったい雨が降ってはやみ、やんでは降っていた。しかし6月のある日、今帰仁村の山深くにたたずむその森では、夏の盛りのような蝉時雨が割れんばかりに鳴り響いていた。

「何もしなくても、ここに座って雨の音や虫の音を聞いているだけでも楽しいでしょう?」

平井嘉久さん(58)は森を眺めている。東京ドームが四つ半入る彼の森だ。そこにわずか11棟のヴィラが建つ。


美術館のようなロビー。高校時代、ゴシック建築を見たくてヨーロッパに一人旅をしたほど平井さんは建築好き。マガチャバルの建物も「自分の頭のなかをそのままかたちにした」という。「亜熱帯植物にコンクリートの打ち放しはとても似合うと思います」/写真


「広い空間の中に植物があって、隠れ家みたいなものがポツポツと建っているような宿なら、お客さまがくつろげると思うんです」

これまで百回ほど海外を旅したという平井さんがゆったりしたリズムで語る。会話をかき消すほどの蝉時雨がまだ響いている。木々の間を風が渡って行く。

「お客さまにプライベートな時間や空間を提供することが求められる時代になりつつあります」

平井さんが静かに語り続ける。なるほどここには、森とゲストの間に割り込むものは何もない。「私だけの」特別な空間で、ゲストは思う存分、森に包まれる至福に酔いしれることができる。

「曲茶原」と呼ばれる一帯に広がるこの森と平井さんが出合ったのは10年ほど前のことだ。「自分が泊まりたいと思える」宿をつくろうと沖縄各地を探し歩いてたどりついた。海が見えないというハンディはあったが、桁違いの広さが気に入った。

「あれもこれもと欲張らないことにしたんです。海は見えなくてもいいと割り切りました」

海が見えない土地ならば、森の魅力を徹底的に生かしたリゾートをつくればいいと考えた。

「沖縄でリゾートと言えば海が見えますよね。ホテル、イコール海、というイメージがある。一方、民宿のようなものを別にすれば、沖縄に森のリゾートはほとんどない。だけど『それに進むしかない』と決めたんです」

森のリゾートをつくることが平井さんほどふさわしい人もいない。何しろ「私、植物が大好きなタイプの人間なものですから」と自己紹介する人なのだ。なかでも亜熱帯の植物については、「小学生の頃からいつも部屋に観葉植物を10鉢ほど置いていた」というほどの愛好家だ。


ヴィラの広さは135平方メートルと175平方メートル。スモールサイズのヴィラでもバスルームはぜいたくすぎるほど広い。「お客さまに喜んでもらうことを何よりも優先しました。面白い、って喜んでもらえたらうれしい」/写真


「やっぱり本土の人間にとって南の植物は憧れなんです」

「沖縄にも何処にもない」リゾートをつくるための土地は確保したものの、開業までの道のりは険しかった。国定公園内であるために、法的な条件を幾つもクリアする必要があった。加えて森に自生する植物の一部は伐採が禁じられており、ヒカゲヘゴだけでも数十本を移植した。

「大変でしたが、好きなことをやっているから気になることは何一つなかったです」
「植物園に住む」ような宿と平井さんが言うMAGACHABARU OKINAWAは開業して1年。「山のリゾートは沖縄で成功例がない」と言われることもあるが、平井さんは「やってみなければ何も始まらない」と気にしない。

「ここがうまく行って、こうした施設が増えて、沖縄の楽しみ方の幅が広がればと思います」

取材の終わりに、平井さんが「ちょっといいですか、すごい木があるんです」と目を輝かせた。心なしか早口になっている。案内された扉を開けると、そこには見たこともないような巨大なホルトノキがそびえていた。



部屋の中に段差があるのは山の斜面に沿って建てたからだ。「地形に逆らわないようにつくりました。無理なことをすれば土地に負担をかけるし、費用もかさむ。自然と共生するかたちが一番大事です」/写真


ロビーへと向かう短い通路にも見所をつくって空間に「ストーリー性」をもたせた。敷地内にはヤシなど約1000本を新たに植えた。小ぶりなものは平井さん自らも植樹したという/写真


表紙写真/20万7千平方メートルの森に11棟のプライベートヴィラが建つ。「亜熱帯の植物園のなかに住みたい、っていう憧れがつくらせたんでしょうね」と平井さん。ヴィラの敷地はそれぞれ500平方メートル。水深の浅い子ども用プール(プールの一番奥)も全棟に付く

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景

馬渕和香さん
[執筆・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。朝日新聞デジタルで「沖縄建築パラダイス」全30回を昨春まで連載。
 
『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<4>
第1593号 2016年7月15日掲載

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