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2018年2月9日更新

小さな街が掲げた 大きな理想と志(名護市)|オキナワンダーランド[23]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

名護市庁舎(名護市)


省エネ、バリアフリー、市民と行政との交流など、高い理念を目指して建てられた名護市庁舎。観光客も訪れる名物庁舎は、時代が変わっても色あせることのない行政の理想を語り続ける


名護市庁舎は、まるで市役所らしくない。

年輪を重ねて貫禄を帯びた外観に濃桃色のブーゲンビリアが絡みついたさまは、遠い異国の古代遺跡のように見えなくもないし、50体を超えるシーサーがずらりと鎮座した国道側の風貌は、役所というよりテーマパークの一角のようだ。

「らしくない」のは、見た目にとどまらない。「アサギテラス」と呼ばれる2階と3階の大きなテラスは、24時間365日、誰でも自由に出入りできる。公園を利用するような感覚で、来訪者がお弁当を広げたり夕涼みをしたりすることも許されている。

さらに驚くのは、37年前から使われてきたこの庁舎に、議場などをのぞいて長い間エアコンがなかったことだ。冷房が本格的に設置されたのはサミットの頃。それまでは自然の風を「風のみち」と呼ばれる通風管から取り入れて暑さをしのいでいた。

「自然環境を大切にする、という考えのもと、エネルギーを大量に使うエアコンに頼らない庁舎を目指したそうです」

そう話す市職員の山口雄蔵さんによれば、いつでも開放しているテラスにしても、市民の多くが知らない深い意図がある。

「沖縄の各地にあるアサギの広場に人々が集まるように、市民がテラスに集い、市職員と気軽に対話できるようにとの願いでつくられたと聞いています」

省エネの工夫にしろ、市民と市職員の交流を促すテラスにしろ、斬新なアイデアが光る庁舎だが、建設までの道のりもユニークだった。市がまず行ったのは、市民の代表や議員らに、望む市庁舎の姿を考えてもらうことだった。市民代表の一人だった元教員の木下義宣さんは言う。

「庁舎を建てるのに市民の声まで聞くなんていう難儀なこと、役所は普通したくない。それでも市は面倒な手続きを踏んだ。称賛に値することだと思います」

市民らの話し合いの結果、庁舎のデザインは、設計競技を行って日本中から公募することに決まった。これまた希有な決断だった。308点にのぼった応募作品の中から第一席に選ばれた案を出した象設計集団の元メンバー、内田文雄さんは言う。

「当時の日本では、10年ほど前から全国的な設計競技が途絶えていました。それを沖縄の小さな市がやるというので、全国の建築家たちは奮い立ちました」

奮い立った建築家たちに市が求めた“市庁舎像”も、時代の先を行っていた。「中央権力の末端機構としての市役所を連想させるものではなく、地域の自立と自治をになう拠点」となる庁舎であること。資源やエネルギーを浪費しないこと。社会的弱者に配慮した建物であること。人口数万人の小さな街ながら、名護市が掲げた理想は大きかった。

「今の市職員の馬力で、同じことがなし得ただろうかと思います。昔の人はすごいです」
そう言って、市職員の山口さんは庁舎建設の数年前に書かれたある文章を見せてくれた。それは、1町4村の合併で誕生した名護市が初めて街づくりのビジョンを語った「市総合計画」。その冒頭にこんな言葉がある。

「たとえ遠まわりでも風格が内部からにじみでてくるようなまちにしたいと思うのである」

四十数年前、生まれたばかりの名護市が高らかにうたった理想と志。アサギテラスに上って耳を澄ませば、そのこだまが今も聞こえる。



完成した1981年当時の庁舎(写真提供 名護市)。「沖縄における建築とは何か」、「市庁舎はどうあるべきか」と市が全国の建築家に問いかけて設計案を募ったところ、308点の作品が寄せられた


神アサギの広場に人々が集うように、市民が集う場に、と願いを込めた「アサギテラス」。開庁時はもちろん、閉庁時も一般に開放されている。日差しをほどよく遮りながら通す屋根から木漏れ日のような心地よい光が落ちる


天井を横切るコンクリートの筒は、外部の風を取り込んで室内を冷やす、電気いらずの空調設備、「風のみち」。約20年にわたって活用されたが、「沖縄の厳しい暑さに対応しきれず」(山口さん)、エアコンに取って代わられた


車椅子でも上れるようにとつくられたスロープ。後方には53体(当初56体あったが台風などにより一部が落下)のシーサーが鎮座する。沖縄の地域性や“開かれた役所”のかたちを表現した市庁舎は、沖縄の建築史に残る傑作として知られる


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景



ライター 馬渕和香さん
[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<23>
第1675号 2018年2月9日掲載

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