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2017年3月17日更新

沖縄の光や風 もっと近くへ(恩納村)|オキナワンダーランド[12]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

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沖縄の光や風 もっと近くへ

ホテルムーンビーチ(恩納村)


ホテルムーンビーチを設計した建築家の故・国場幸房さんは、人と自然の境目をできる限り曖昧にして、両者が融け合える空間をつくり出そうとした。“ポトスのカーテン”の上には屋根がなく、雨天時には雨が降る


昨年12月のよく晴れた日、ホテルムーンビーチに誰よりも深い思い入れを持つ人がここを訪れた。開業から42年にわたって愛され続けてきたこのホテルを設計した国場幸房さんだ。
「どうしてもムーンビーチを見たいということで、急きょいらっしゃったんです」
そう話すのは、国場さんと40年以上の交流があった同ホテルの専務取締役、喜納進さんだ。

「幸房さんの思い入れが特に深い所を優先的にご案内しました。池の周りも車椅子でご覧になりました」
池の周りというのはムーンビーチのシンボルである“ポトスのカーテン”のある場所のこと。
「私どもの社長が『あなたの設計したこの部分、そのまま残していますよ』、『ここは少し直したけど昔のイメージを残していますよ』と、幸房さんの手を握りながら話しかけていました」

沖縄初の本格的リゾートホテル、ムーンビーチは沖縄海洋博の年に開業した。当時30代だった国場さんは、後にも先にも日本でここだけ、というぐらいの独創的な発想でここを設計した。
例えば、ホテルの“中”に雨を降らせた。「建物の中に雨が降ったら気持ちいい」と、館内の二カ所の屋根をわざとぽっかりと空けて、大空とダイレクトにつながるその場所から、光や風や雨を屋内へ招き入れた。

ガジュマルの涼やかな木陰をまねて、人工の木陰もつくった。下層階を壁のない開放的な造り、いわゆるピロティにして、大木の木陰に憩うように、人々がそこで憩えるようにした。
「夏の暑い日なんかに、おじいちゃんが木陰で涼んだりするじゃない。(木陰は)本能的に人が安心できる場所。人が憩える空間、癒やされる空間なんだ」
そう信じた国場さんがつくり出した長さ400メートルもの巨大な“木陰”に人々は集った。
「夏場は1日3千人とか、座る所もないぐらい人があふれていました。ゴザはもちろん、三線持参で来る人などもいました」

何十年も前のこともつい先週の出来事のように鮮明に覚えている喜納さんがそう語った。
さらに国場さんは、通路や休憩スペースなどの共用空間を「なぜこんなに」と思うほど広くした。一見無駄なようにも思えるそうした空間遣いの裏には、国場さんのこんな考えがあった。

「人間っていうのは無駄がないと寂しいんだ。ゆとりがないと。(車の)ハンドルもそうでしょ。ある程度遊びがないとさ」
大空とつながる屋根。人工の木陰。ゆとりを生む余白的空間。そのどれもが、ホテルの長い歴史の中でやむを得ない理由により姿を変えていった。雨が降り込む天井には可動式の屋根が取り付けられ、ピロティには風よけのサッシが入り、余白スペースには部屋ができた。

しかし数年前、劇的な方向転換が起きた。喜納さんが言う。
「『原点』に戻るという方針を現社長が打ち出して、閉じていた部分を全館的に開けていくようにしたんです。今はあの屋根も開けっ放しです。台風の時も」
自然をもっと人間のそばに。そんな思いで設計したムーンビーチが原点に戻りつつあるのを見届けた後、国場さんはホテルを振り返ってこう筆談で語った。
「ダイナミックでしょ」
その言葉と、沖縄の現代建築の至宝を残して、国場さんは二週間後、この世を去った.。



壁がなく、外とひと続きになった館内のプール。この上部にも屋根がない。建築は豊かな植栽があってこそ生きると考えた国場さんの思いを大切にし、ホテルでは植え替え用のポトスだけでも千本単位で栽培している


ガジュマルの木陰をイメージしてつくられたピロティには、開業当初、沖縄中から家族連れなどが殺到した。ムーンビーチの開放的な造りは、ザ・ブセナテラスなど他のリゾートホテルのモデルになった(写真提供 国建)


バー「アクロポーラ」。天井の琉球ガラスやカウンターまわりはほぼ昔のまま。「最近お客様から『歴史を感じるホテルですね』とか『このまま守り続けてください』といった声を頂くようになってきました」と喜納さん


「普通の常識じゃ僕の建築はつくれない」と生前語っていた国場さんらしく、共用スペースも常識破りの広さ。どこを切りとっても絵になるのは、「設計とは空間の演出」と考えた国場さんのデザインの力


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター、翻訳家。築半世紀の古民家に暮らすなかで、島の風土にしなやかに寄り添う沖縄の伝統建築の奥深さに心打たれ、建築に興味をもつようになる。コラム「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」を朝日新聞デジタルで執筆。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<12>
第1628号 2017年3月17日掲載

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