2023年2月17日更新
西表島のサバニ工房|互いに育て合うヒトと舟[ウチナー建築家が見たアジアの暮らし⑪]
「ようこそ~、早速だけど餅を包んでくれる?」と明るい声にのせられ、あいさつもそこそこにリュックを背負ったまま月桃の葉にアツアツの餅を包んでいく。今回僕は沖縄伝統木造船、サバニ大工である國岡恭子さんの工房兼住宅を訪ねて西表島に来ていた。
互いに育て合うヒトと舟
「ようこそ~、早速だけど餅を包んでくれる?」と明るい声にのせられ、あいさつもそこそこにリュックを背負ったまま月桃の葉にアツアツの餅を包んでいく。今回僕は沖縄伝統木造船、サバニ大工である國岡恭子さんの工房兼住宅を訪ねて西表島に来ていた。
反射した朝日によって天井に水面(みなも)が映るほど海に近い家は、流木や漂流物で作られた家具が並び、まるで長い航海を終えた舟のよう。そこを恭子さんはノートを片手に行ったり来たりしながら何やら準備をしている。そう、今日は舟大工にとって最後の大仕事、進水式を執り行う日なのだ。庭先の大きなアカギの木陰で、真新しい1隻の舟が今か今かと待ちわびていた。
反射した朝日によって天井に水面(みなも)が映るほど海に近い家は、流木や漂流物で作られた家具が並び、まるで長い航海を終えた舟のよう。そこを恭子さんはノートを片手に行ったり来たりしながら何やら準備をしている。そう、今日は舟大工にとって最後の大仕事、進水式を執り行う日なのだ。庭先の大きなアカギの木陰で、真新しい1隻の舟が今か今かと待ちわびていた。
進水式の様子。今回、式を行った宇那利崎には海の女神がいるとされる。大潮の干潮から満潮へ向かう時間に執り行われた
潮舟「スウニ」が生まれる
サバニは1本の杉から作られる。左右対称の大きな2枚の板を切り出し、手のひらを合わせるようにつなげていく。恭子さんは製作の間、船首を東の方へ向けておくという。森からの贈り物を東に面した海へとささげるようにだ。
ふと、舟に取り付けられた竹筒に気付く。筒の中には塩とつばき油、そして女性の髪が納められており、主を守る魂「船玉」となるそうだ。
舟と向き合う彼女の言葉たちに、「サバニを作ってみたい」と軽い気持ちで来た僕の頭が追いつかない。それはヒトと海との長い歴史を想像させてくれる物語のようだった。「海」の字に「母」というカタチがあるように、母の手から1隻の舟が生まれようとしている。
「サバニって潮舟(スウニ)とも言うんだ」と恭子さんが教えてくれた。潮の香る工房でスウニと呼ぶ母の優しい声に、舟の柔らかな曲線がしっくりとなじんでいた。
舟の模型や図面を広げ、舟作りの楽しみも不安も話してくれる恭子さん(右)。テーブルやイスなどの流木家具は夫のアパッチさんによる作品たち
潮舟を育て舟に育てられる
進水式。サバニに今朝のお餅とお塩とお米を盛り、子供も大人も静かな朝に手のひらを合わせ、海へ祈りをささげることから始まる。舟名は「なぎさ丸」。舟主の生まれたばかりの女の子、凪沙(なぎさ)ちゃんの名前からだ。
さて肝心の走り出し。ススゥ~っと波を滑ったかと思うとパシッと風をつかまえ、舟は羽をつけたようにさっそうと進んだ。「よく走る子だね~」なんて、皆まるでわが子に語りかけるように楽しそう。これからサバニは波にもまれ少しずつカタチを変えていき、こぎ手も操舵(そうだ)を重ねて舟と一体になっていく。ヒトと舟が互いに育て合う、昔ながらの海洋文化がそこにはあった。
建築はどうだろう? 住まいと住み手も彼らのように育て合う関係を築けるだろうか? 「これから皆で一緒になぎさ丸を育てていきましょう」という恭子さんの言葉に、その答えがあるのかもしれない。
執筆者
もとたけ・こうじ/父は与那国、母は座間味。沖縄出身の、アジア各地を旅する建築家。2014年よりカンボジアを拠点に活動している。
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1937号・2023年2月17日紙面から掲載