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2016年7月29日更新

解体材を採寸|うちなー古民家移築に挑戦⑥

うるま市で解体が進む赤瓦古民家は、沖縄職業能力開発大学校の新2年生に作業が引き継がれた。沖縄でも木造が主流だった戦後しばらくまでは、一般の民家も普通に移築されていた。今回は、カフェなどに改修し生かされている物件を紹介する。

解体材は敷地に4カ月間積まれていたが、シロアリ被害や腐朽の進行は見られない。
移築先で組み上げる際の設計図を描いたり、腐朽部分を補修したりするためには、材の一本一本について現状を把握し記録しておく必要がある。再築は、全体の規模を小さくする「減築」の場合もあるので、材の取捨選択にはなおさら採寸した記録が重要となる。

新2年生が卒業研究として取り組む内容は6月の住居環境科テーマ発表会で説明された。最終的に模型作成をめざす。
木造家屋は貫き工法が始まったころから、全体または構造材の一部を移築により再利用し、明治中期以降は貴重な瓦をリサイクル材として活用してきた。


積んであった部材を一本ずつ取り出し、測定にかかる(うるま市塩川、旧大工廻家住宅)


まず全長を測定。このほか幅、成(高さ)、ほぞ穴の位置などをミリ単位で測る


継ぎ手は、中心部分を測定の基準にする


ほぞ穴の中心も間隔を測り、図面や表に記録していく


仕口の切り欠きも辺ごとに採寸し記録


腐朽や蟻(ぎ)害の状況は写真で。スマホをサッと取り出して写すのが「今どき学生」のスタイル


イラストに寸法を落としながら、材の曲がりやひねり、欠けなどの特徴を記録。あとでパソコンを使い清書するという
 

今に生きる木造  屋我地のカフェ喜色

最初の築年は不明だが、名護市の屋我地島にある古民家カフェ喜色は、80年以上も前の1933年に大宜味から移築された建物を、5年前に改築しカフェとしてオープンさせた。間取り、小屋組み、アマハジなどは、伝統的なウチナー家の建築様式をそのまま残す。


落ち着きのある古民家カフェ「喜色」の店内。柱や梁(はり)、桁(けた)、小屋組みのようす、張り替えた野地板、新材にした垂木など工法が分かる。鴨居から床までを高くするため、フロア張りの際に床を約5センチ低くした


オーナーの喜納敏男さん。「山から切り出した材の質がいいので、シロアリ被害を防いだのかもしれない」と分析しつつ、古民家を所有するか否かの判断は、「最初に見たとき直感で『いいな!』と思えるかどうか」と話した


移築から80年以上もたっているので、移築の際にどの部材を入れ替えたかは分からない。左手前のアマハジ柱は今回の改修で、チャーギ(イヌマキ)の新材に替えた


着手する前の古民家(2010年11月。以下、工事の写真はカフェ「喜色」提供)


赤瓦は手解体で下ろし、庭に保管


赤瓦を葺き戻す。古い野地竹は使わず、野地板の上に防水のルーフィングを施した


天井板を外すと、天井から上は台所からのススで黒くなっていた


移築前は大宜味の郵便局長邸だったという「喜色」の全景。隣地のフクギ林は北風を防ぎ、借景にもなって一石二鳥


「喜色」は名護市饒平名19番地、電話=0980(52)812

 

屋我地のマリン亭 サバニで材を輸送

規模は小さいものの、同島の済井出にある沖縄そば屋「マリン亭」も、大宜味の津波から移築され、かつては住宅として使われていた。家主のDIYで工夫が施され、古民家の味わいを醸し出している。

「対岸の大宜味津波からサバニを2そう仕立て、これに材木を渡して屋我地まで運んだそうです」と話すのは、マリン亭を営む松田光子さん。
住宅に使っていたのを、息子さんらがコツコツとそば屋に改修した。梁と束を金具でとめるなど、必ずしも貫き工法にこだわってはいないが、柱のほぞ穴をふさいだり、はぎ木を施したりの手づくり感が、むしろ古民家の風情を出している。



 

編集/ 山城興朝 古民家鑑定士
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞 第1582号・2016年4月29日紙面から掲載

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山城興朝

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古民家鑑定士一級。2011年4月~2013年5月まで週刊タイムス住宅新聞にて『赤瓦の風景』を連載。2015年から名護市で古民家の修復に着手し、並行してうるま市からの移築にも取り組んでいる。

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