土地の声、人の声 耳を澄まして、形に|オキナワンダーランド [55]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

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2021年10月29日更新

土地の声、人の声 耳を澄まして、形に|オキナワンダーランド [55]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。 文・写真/馬渕和香

建築意思 山口博之さん

「ここでは、森が一番の主役です。建物は森の魅力に気づいてもらうための“背景”としてあればいい。だからシンプルに、ミニマムに設計しています」

丘を駆け上がる涼風に、森が気持ちよさげに揺れている。伊是名、伊平屋の島影が、遠くの水平線に浮かぶ。先人たちが、この地で額に汗して陸稲を作っていたのは遠い昔。以来、長く眠りについていた森で、建築士の山口博之さんは「森が丸ごと客室になる」宿をつくっている。


「僕ら建築士が“指揮者”になってつくるのではなく、施主さんのビジョンや土地の個性に導かれてできていく建築」を目指して、山口博之さんは施主や職人と、敷地の自然と「往復書簡」を交わし、その声をデザインする

「『かっこいいでしょう?』、『新しい発想でしょう?』とデザイン性を誇示するのではなく、存在に気づかれないほど周囲に溶け込む建物が僕にとっては良い建築です。気づかれないのに、それがあると場所全体が豊かになる建物が」

宿のメイン棟は、まさにそんな建物だ。「樹上にいる気分や、鳥の巣にいる気分を味わえるように」と、木々に埋もれ、浮かぶように建てられた建物は、まるで森の一部のよう。建物が森に寄り添い、森が建物を包み込み、建物が森の、森が建物の魅力を引き立たせて、風景美のデュエットを奏でている。

実は、山口さんも若い頃は、“気づかれる”建築に興味が向いていた。

「山口という人間の思想の中を、建築を通して表現したい気持ちを持っていました。だけど、僕の中から出てくるものなんてたいしたことないな、限界があるなと思うようになりました」

そもそも、沖縄のワイルドな自然環境が相手では、「思想を表現」できる余地は多くない。「風ひとつ取っても、そよ風から台風まで振れ幅が大きい」(山口さん)この島では、地形はどうか、光はどう差して、雨はどう降るかといった自然条件が設計の多くを決める。一つでも見落としたり見誤ったりすれば、住み心地や居心地にてきめんに響く。

「丁寧に敷地調査をして土地の性格を分かっていても、『あれ、こんな雨が降るのか』と驚くような現象が起きて、次々と課題が突きつけられます。そのたびに僕なりの答えを設計図にしたためますが、そのやりとりは、現場の自然といわば“往復書簡”を交わすようなものです」

「往復書簡」は、施主や職人とももちろん交わされる。配置計画から扉一枚まで、大小の事柄をめぐり何百回でも。その過程をくぐり抜けて、やがて建物はあるべき姿に定まっていく。

「オーケストラに例えるなら、建築家は指揮者にならなくていいと思います。自分の求める音楽に向かって楽団を引っ張らなくていい。建築は設計者がつくるものではなく、施主さんが描くビジョンや土地の個性に導かれて“つくられる”もの。そうやってできあがる建築は、僕一人で考える建築よりももっと独創的だし、もっとおおらかです」

山口さんと「書簡」を毎日のように交わしてきた施主の新見美也子さんは、「施主の自分たちも含めて、みんなで宿を育てているところです」と話す。

「赤ちゃんも、おなかにいる間にいろんな人になでてもらうほうがいいですよね。建物も同じだと思います。みんなで育てると魂が宿る。そしてそれは、お客さまにも伝わるはず」

森を渡る風に吹かれて、コクリと木々がうなずいた。


本島北部で建設中の宿。敷地に生えていた2本の木の間に建物をはめこんだ。「土地に元々あるものを取り除かずに、むしろそれらの力を借りて設計したい」。建物を浮かせたのも、元の地形を崩さないための工夫



宿の設計では150個以上も模型を作った。「設計は綿密に、数ミリでもおろそかにしない気持ちでしたい。綿密に設計したことが悟られないほど綿密に。『理由は分からないけれど、この空間は心地よい』と感じてもらえるまで綿密に」


茶道家のために設計した南城市の茶室。京都で建築を学び、大工の修業をしたこともある山口さんは木造を好んで設計する。「木は質感が人肌に近くて、人が親しみを感じる素材。でも手ごわいです。設計が甘いと雨が入り込んでくる」


数年前、国際協力事業でブータンに養鶏施設を建てた時の写真。「沖縄の自然風土に鍛えてもらった土地を見る目、自然を読む力は海外でも役に立つ。今後も生かしていければ」(この写真と上の2枚は提供写真)

建築意思 電話098・852・6033


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景


 

[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<55>
第1869 2021年10月29日掲載

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