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2019年10月11日更新

おおらかな屋根の下 自然と同居する家(南城市)|オキナワンダーランド[43]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

五十嵐敏恭さん邸(南城市)


大きな屋根が落とす広々とした日陰空間が暮らしの中心を成す建築家、五十嵐敏恭さんの自邸。外部環境と豊かにつながる建築のあり方を追求する五十嵐さんの理念がそこには詰まっている


「建物を設計する時、見栄えを良くすることに自分はそれほど強くこだわらないです」

どこからどう見ても斬新なデザイン性が際立つ自邸を前に、建築家の五十嵐敏恭さんが意外なことを言った。

「この家で一番やりたかったのは大きな屋根をつくることでした。大きな屋根をかけて大きな日陰をつくること。それさえ実現できればあとはまあいいやというくらいの気持ちで設計しました。実は子ども部屋の数だって子どもの人数に足りていないんです(笑)」

大きな屋根の家。大きな日陰の家。沖縄の気候風土の中に建てるならそういう家が理想だと思うようになったのは、半世紀前に活躍したある建築家の作品や言葉に触れてからだ。

「金城信吉さんです。彼の本を読んで深く感銘を受けました。信吉さん設計の自邸を見せてもらったこともあります。家の中がほの暗くて、そこが良かった」

「沖縄のような亜熱帯の建築(中略)に求められるのはただあけっぴろげの影の空間だけである」。本土復帰の時代に那覇市民会館や那覇タワーを設計した金城さんは、著書「沖縄 原空間との対話」にそう書いた。金城さんの言葉通りのあけっぴろげの影の空間。それが五十嵐邸だ。

ガジュマルの樹冠のように宙に力強く広がる大きな屋根は、心地よい影を家の隅々まで落としている。驚くほど大胆に外壁を取り除いた開放的な造りは、あけっぴろげな性格を家に与えている。壁をなくした代わりに取り付けたサッシ窓も、荒天でなければ夜寝るまで開けっぱなし。その間一家は中と外とが入り交じる半屋外の環境で過ごす。

「クーラーを置いていないので外が暑い日は家の中も暑いです。でも暑さも寒さも、風が吹く日も吹かない日も、それはそれで楽しめばいい。自然はいや応なく変化するもの。人間だって年を取るにつれて変化します。それなのに家の中だけが空調の力でいつでもカラッと快適だなんて自分には不自然に思えます」

夏目漱石の随筆を愛読し、詩や現代美術からも設計のヒントをもらうという五十嵐さんの言葉は時折、建築家というよりも思想家のそれのように響く。

海の眺望に息をのむ絶景の丘に自邸を完成して1年半が過ぎた。外部環境と同居するような家に全く不便を感じないと言えば嘘になるが、「沖縄の風や植生との豊かな関係性」を実感できる暮らしに満足しているという。

「建物と周囲の自然とをどうやって豊かにつなげるか。それが自分が設計の中で追求していきたいテーマです」

この夏五十嵐邸はアジアの若手建築家を対象にした建築コンテストで堂々の3位入賞を果たした。国内の有名雑誌にも取り上げられ、自宅や別荘を造ってほしいという依頼が増えている。

「漱石がこんなことを言っているんです。自分のやりたいことではなく、自分にできること、素質があることを仕事にしなさいと。それが社会のために自分を生かす道だと。この家を完成させてみて思うのは、自分に建築の素質があるのか、今ひとつまだ分からないということです」

見た人の多くが感嘆の声をあげる五十嵐さんの家。その作者の淡々とした言葉に再び意表を突かれた。




最低限の壁しかないLDK。天井まで届く大きなガラス窓が“動く壁”として取り付けてあるが、日中は開け放しているので家の中にいても外にいるかのよう。クーラーはなく自然の風で涼を取る



左が自宅で右が事務所。地形に逆らわずに建てたため、事務所が少し下がった位置にある。事務所は敷地全体の“ヒンプン(目隠し塀)”の役目も持つ。「伝統を伝統のままでなく現代的に解釈し直して取り入れました」



自邸は「実験の場」。「木製サッシや土壁をお客さんに提案できるか、自宅を実験台に確かめています」。通常のやり方と変えてコンクリート土間を打たずに直接地面に石を敷いたテラスも雨水をよそに流さない方法の実験



設計の仕事で心掛けているのは「施主さんの想像を超える提案をする」ことと五十嵐さん(上写真)。「お客さんが無意識に望んでいることも含めて、何を一番求めているか、要望の核を探してそこを形にするようにしています」

◆スタジオコチアーキテクツ
098-917-6390


オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景





[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)ライター。ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<43>
第1762号 2019年10月11日掲載

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