生まれ変わった戦前の泡盛酒屋(名護市)|オキナワンダーランド[32]|タイムス住宅新聞社ウェブマガジン

沖縄の住宅建築情報と建築に関わる企業様をご紹介

タイムス住宅新聞ウェブマガジン

スペシャルコンテンツ

特集・企画

2018年11月9日更新

生まれ変わった戦前の泡盛酒屋(名護市)|オキナワンダーランド[32]

沖縄の豊かな創造性の土壌から生まれた魔法のような魅力に満ちた建築と風景のものがたりを、馬渕和香さんが紹介します。

津嘉山酒造所(名護市)


沖縄で唯一、戦前の建物で泡盛づくりを行う津嘉山酒造所。戦争を生き延びた貴重な建物は国の重要文化財に指定され、7年におよぶ大がかりな修復工事を経て美しくよみがえった

「酒造所で働いたら酒を飲めるようになるかなと、そんな単純な動機でここに入って28年。今でも酒は飲めません(笑)」

お酒を飲めない工場長の幸喜行有さんと、35歳で沖縄に移住するまで電子部品会社の営業マンだった千葉県出身の杜氏、秋村英和さんがたった二人で切り盛りする津嘉山酒造所。1年かかっても大手酒造所の数日分の泡盛をつくるのがやっとというその小さな造り酒屋に、飲み口がすっきりしていておいしいと評判の泡盛「國華」のほかにもう一つ、自慢の宝がある。9年前に国の重要文化財に指定された酒造所の建物だ。

「どうしてこの建物が、市も県も通り越して、いきなり国の重要文化財に指定されたのかと首をかしげる人もいます」

杜氏として泡盛づくりを担うかたわら、得意の話術をいかして見学客のガイドも務める秋村さんが軽快なテンポで話す。

「現存する木造赤瓦建築としては県内最大級、というのがその理由の一つです。そして昭和初期にまでさかのぼる建物の歴史。ここよりも老舗の泡盛酒造所はたくさんありますが、戦前からの建物で泡盛をつくり続けているのは県内でここだけです。いわば戦前の景色をカラーで見ているような建物なんです」

昭和20年の沖縄戦時、激しい戦禍を被った名護にあって津嘉山酒造所は焼け残った。米軍が意図的に残したからだと言われている。創業者の津嘉山朝保氏から数えて4代目の瑞慶村實さんによれば、米軍は接収した酒造所をパン工場などに利用した。

「鴨居の一つに英語で“OFFICERS QUARTERS”(士官棟)と書かれているのは当時の名残です。米兵が恋人らしき女性の名前をナイフ様のもので刻んだ跡も壁に残っています」

沖縄戦を奇跡的に生き延びた酒造所は、幸運に助けられてその後のピンチも切り抜けた。販売が振るわずに一時は休業に陥ったが、しばらくして救いの手がさしのべられて営業を再開。また建物が台風や老朽化で壊れて、屋根に空がくっきりと見えるほどの穴があき、「まるでお化け屋敷のような(笑)」(秋村さん)状態にまでなってしまったが、市や支援者らの後押しで文化財に指定されて、7年におよぶ大工事できれいに修復された。

「戦争を耐え抜いた建物だから残せるものなら残してほしいと願っていました。思いを同じくする人たちが周りにいていくれたことが大きな励みでした」

そう語る工場長の幸喜さんも、「國華は我が子のようなもの」と話す秋村さんも、膨大な修復費用の一部を自己負担してまで酒造所を残した4代目の瑞慶村さんも、生まれ変わった酒造所の未来に同じ夢を抱く。

「ここがあるから名護に立ち寄ろうと思ってもらえる場所になればいいですね。泡盛が好きな人、建築に興味がある人、いろんな人に見学に来てほしい」

瑞慶村さんはそう言って、中国の詩人、杜甫の詩をもとに自作した漢詩を聞かせてくれた。

「“國華一合、夢百編”。國華を一合飲めば夢を百編語れる、という意味です」
 
痛んだ瓦や柱がすっかり取り換えられて若々しくよみがえった津嘉山酒造所。あと10年ほどで築1世紀になる小さな泡盛酒屋は、持って生まれた強運で次の100年も生き延びて、何百編もの楽しい夢を紡ぐことだろう。



鴨居に残る英字は、米軍に接収されてパン工場などに使われた過去の名残。「(泡盛製造に使う)黒こうじ菌が(パンを発酵させる)イースト菌に負けた時代」と4代目代表の瑞慶村實さんは言う


酒造所は、泡盛工場と経営者家族の住まいが一つ屋根の下に同居する珍しい造り。「建物を一周すれば昔の沖縄の人たちの働きぶりと暮らしぶりが両方見られます」と杜氏兼“名物ガイド”の秋村英和さん。写真は住居内の大広間


工場の蒸留設備(右端)は今も現役。「建物は古いし、設備の一部は数十年前のものですが、秋村が仕込みの度に設備を丁寧に掃除しているので、うちの泡盛は雑味が少ない。飲みやすくて飲み過ぎると言われます」と幸喜工場長


残せる部材を残しつつ傷んだ箇所を総取り換えした修復工事の綿密さをうかがい知れる商品展示室の天井。工事を設計監理した文化財建造物保存技術協会の田村琢さんは、「大変な工事でしたが、職人さんたちが皆おおらかで、気分的に助けられました」と話す

オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景




[文・写真]
馬渕和香(まぶち・わか)
ライター。元共同通信社英文記者。沖縄の風景と、そこに生きる人びとの心の風景を言葉の“絵の具”で描くことをテーマにコラムなどを執筆。主な連載に「沖縄建築パラダイス」、「蓬莱島―オキナワ―の誘惑」(いずれも朝日新聞デジタル)がある。


『週刊タイムス住宅新聞』オキナワンダーランド 魅惑の建築、魔法の風景<32>
第1714号 2018年11月9日掲載

特集・企画

タグから記事を探す

この連載の記事

この記事のキュレーター

スタッフ
週刊タイムス住宅新聞編集部

これまでに書いた記事:2122

沖縄の住宅、建築、住まいのことを発信します。

TOPへ戻る