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2024年3月8日更新
建築士で文化財の知識持つ「ヘリテージマネージャー」|伊舎堂のお宮 建築時の姿に復元
1936年に建立された中城村指定文化財「伊舎堂のマーチューグヮー」(別称:お宮)は十数年前から劣化が進んでいた。文化財を後世に残すため、建築士で文化財の知識を持つヘリテージマネージャー(以下、HM)が補修を手がけた。HMが行政から受注を請け、補修まで完了したのは県内初。補修のポイントをHMの伊佐強さんと久保田秀樹さん、施工を行ったヒルター工業の安里明さんに聞いた。
お宮は神体である「クルトゥ石」を祀る。中城村指定文化財として2021年に登録された
資料作成が出来栄えを左右する
お宮は鉄筋コンクリート(RC)造でコンクリートは剥離し鉄筋がむき出しになるなど劣化が進んでいた=破損状況図参照。400年前の集落移動に伴い移した火ヌ神を祀っていること、伊舎堂から出征する人の祈願の場だったことなど、中城村の歴史を考える上でも重要な史跡だ。文化財建造物の補修について、HMの伊佐さん(建築工房亥)と県建築士会まちづくり委員長でもある久保田さんは「文化財を保存・活用するための耐久性はもちろんだが、何よりも造られた当時の姿に戻すことが重要」と口をそろえる。手を加える面積は最小限にしつつ、お宮の形や経年変化の痕跡などから文化財の価値が読み取れるよう、補修することが求められる。しかし、図面や使われた材料、工法などを記した建築時の資料は残っていなかったため、実測や破損状況の調査などと並行して、住人への聞き取りや村の資料から情報を集めた。「資料作成の精度が工事の出来栄えを大きく左右する」と伊佐さん。補修方法はRC建造物を研究する東京理科大学の今本啓一教授や左官職人らとも検討を重ね、模索した。
劣化が特にひどかったのは向拝柱と虹梁(こうりょう)。伊佐さんは「鉄筋はさびたり欠損で細くなったりして、屋根を支えるのもやっとの状態だった」と振り返る。柱は鉄筋のさびを落とし、追加で配筋することで補強。補修材の樹脂モルタルで成形した。虹梁は破損がひどかったため、新しく打設した。安里さんは「柱と梁はさらに炭素繊維シートを巻いて、固定。屋根の荷重による変形を防ぎ、耐震性も高めている」と説明する。仕上げは「洗い出し工法」で、壁や屋根の表面に玉石などがあらわになるのが特徴だ。「最近ではあまり使われない工法のため、石の入手が困難だった。大きさや質感などを資料と見比べ、何とか県外から取り寄せることができた」と安里さん。屋根の千木・鰹木(かつおぎ)=下写真□部=といった細部の装飾も試作を繰り返し、取り付けた。
補修後の屋根。横に伸びていたひび割れは樹脂モルタルで補修している。内部に水が浸透するのを防ぐために、屋根や壁には含浸材を塗布した
破損状況図(南側)
破損状況図は沖縄県建築士会提供、一部加工
改修前の向拝柱と虹梁。コンクリートから鉄筋が飛び出ている(写真は沖縄県建築士会提供)
強度が鉄筋の約12倍の炭素繊維で柱を補強(写真はヒルター工業提供)
価値損なわず 地域の歴史継承へ
HMは地域に眠る歴史文化遺産を見つけ、守り、まちづくりに生かす仕組みなどを考える建築の専門家。定められた講義と演習を修了後、日本建築士会連合会に登録を行い、資格を取得する。県建築士会は2018年から育成に取り組み、県内には約60人のHMがいる。久保田さんは「沖縄はRC造の文化財が多いが、県外は木造のものが多い。参考事例は少なく、文化財の知識もないと不適切な材料や工法で補修してしまい、文化財の価値を損なってしまう。地域の記憶を継承するためにも、補修の際はHMに相談してほしい」と呼びかけた。補修後。向拝柱と虹梁は洗い出し工法で、軒下は昔の写真を基にクリーム色の塗料で仕上げた
HMが壁や屋根に探査機をかざして、鉄筋の数や間隔を調べた(写真は沖縄県建築士会提供)
HMが壁や屋根に探査機をかざして、鉄筋の数や間隔を調べた(写真は沖縄県建築士会提供)
取材/市森知
毎週金曜日発行・週刊タイムス住宅新聞
第1992号・2024年3月8日紙面から掲載