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2017年7月28日更新

小屋がかなえた 育児も仕事も、の夢|Polaris[ポラリス]

「スモール・イズ・ビューティフル(小さい、は美しい)」。昔、そんな題名の本がはやったけれど、確かに“小さい”には“大きい”にはない長所や利点がある。たとえば、小屋。小さいからこそ、少ない費用で建てられて、狭い場所にも収まる。その気になれば、自宅の庭にも建てられる。そこでお店を開くことだってできる。名護の小さな絵本店、「Polaris(ポラリス)」のように。

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Polaris ポラリス|絵本|名護市
名護の絵本店「ポラリス」。庭に建てた6畳の小屋が、「子育てをしながら仕事もしたい」という上原尚子さんの望みをかなえた
 

小さいからこそ できること

「いつか、この庭で何かできたらいいな」
姿の良いオリーブとシマトネリコの木が、涼しげな葉をさらさらと海風になびかせる自宅の庭を眺めながら、上原尚子さん(43)は時々、心の中で独り言をつぶやいていた。
「『何かできたら、何かできたら』と思っていました」
その気持ちが芽生えたのは、7年前、生まれ故郷の名護に家を建てた頃だ。当時、上原さんは、15年ほど続けた舞台俳優の仕事を辞めて、小学校にあがったばかりの長男の育児をしながら、パートで結婚式やイベントの司会の仕事をしていた。
「でも、まだ何かしてみたかったんですよね」
小さな子どもを育てながらでもできること。それが何なのか、イメージはなかなか固まらなかった。「もしかして演劇? いやいや、舞台をつくるには、うちの庭は狭過ぎる」。そんな自問自答が繰り返される日々が続いた。
「絵本の読み聞かせをやるから来てみない?」
ある日、知り合いに誘われて、上原さんは読み聞かせのサークルに出掛けていった。
「子どもに本を読むぐらいできるだろうと、気楽な気持ちで参加してみたら、『わー、こんなにおもしろい世界があったんだ』って、はまってしまって」
純真な子どもたちは、上原さんたちが読む絵本を、「どんな話でも、前のめりで」楽しんでくれた。「これは、やりごたえがあるなぁ」。目を輝かせて聞き入る子どもたちの姿を見て、充実感が胸にあふれるのを感じた。
絵本そのものも、知れば知るほど奥が深かった。5分や10分で読み切ってしまう短い文章のなかに、おとなの琴線にも触れる深いメッセージが含まれていることを知った。
「こんな短い世界なのに、メッセージがおっきいなー」
探し求めていた「何か」を、上原さんは絵本に見つけた。やりたいことのイメージが、靄が晴れたように見えてきた。
「絵本を売りつつカフェもして、たまにイベントもするような絵本カフェをやりたい気持ちがムクムクと湧いてきたんです」

7年前に建てた自宅(右)とお店。別々に建てられたとは思えないほど、二つがしっくりとなじんでいる
7年前に建てた自宅(右)とお店。別々に建てられたとは思えないほど、二つがしっくりとなじんでいる​

ポラリス|狭さを感じないのは、高窓と大きな掃き出し窓が開放感を生んでいるから
狭さを感じないのは、高窓と大きな掃き出し窓が開放感を生んでいるから


絵本カフェを開くとして、建物はどうしよう。上原さんは、知り合いの建築士、仲地正樹さんに相談した。
「小屋でもよければつくるよ」
「小屋?」
仲地さんの提案は思いがけなかった。「小屋だとカフェができないな」。上原さんは戸惑った。
「絵本屋から始めて、それでもカフェをやりたければその時に増築すればいい」
仲地さんに言われて、上原さんは納得した。考えてみれば、二つを同時に始めるのは子育て中の身には負担が大き過ぎる。
それに、小屋には利点がいくつもあった。施工のために庭木を切ったり、塀を壊したりしなくてもよいし、大きさが10平方メートル以下なら法的な手続きも省ける。
「『俺に任せて』と、仲地さんが図面を描いてくれて、それが出来上がったときにはもう言うことはなかったです」
昨年末に木造の小屋が完成。絵本店「ポラリス」が開店した。ポラリスとは、北極星のことだ。
「北極星は動かない星だから、旅人の羅針盤にもなります。私は、『あれもこれも』といろんなことを試してみたい性分だけど、そんな私にも『これ』という動かないものがあればいいなと。それが絵本だと思うんです」
胸にうずいていた「何かしたい」という気持ちは、ポラリスを始めてから満たされたという。
「だいぶ、満たされました。ここなら、子どもの世話をしながら、まちやぐゎーみたいなノリで、お客さんが来たらハイハイって出て行ける。お母さん業と仕事を両方できるってぜいたくです。仲地さんのおかげです」
取材中ずっとにこやかだった上原さんの笑顔が、一段と晴れやかに輝いた。


ポラリス|木造ならではのぬくもりが感じられるように、杉の外壁はあえてペンキを塗らずに透明な塗料で仕上げてある​
木造ならではのぬくもりが感じられるように、杉の外壁はあえてペンキを塗らずに透明な塗料で仕上げてある​

ポラリス|200冊以上の絵本を置いている。「おとなのための読み聞かせ会もやってみたい。絵本をつまみにお酒を飲む、みたいな」と上原さん
200冊以上の絵本を置いている。「おとなのための読み聞かせ会もやってみたい。絵本をつまみにお酒を飲む、みたいな」と上原さん

ポラリス|店主の上原さん。「小屋にいると落ち着きます。自分の目も手も届く、これぐらいの広さは、好きな人が多いかもしれません」と話す
店主の上原さん。「小屋にいると落ち着きます。自分の目も手も届く、これぐらいの広さは、好きな人が多いかもしれません」と話す

ポラリス|即興演劇や展覧会、ワークショップなどを時々開催している。「若いころお世話になった前島アートセンターのような文化を通して人と人が交流する場になっていけば」
即興演劇や展覧会、ワークショップなどを時々開催している。「若いころお世話になった前島アートセンターのような文化を通して人と人が交流する場になっていけば」(写真は上原さん提供)


「"一挙数得"の小屋」

ポラリスを設計したのは、名護市の建築士、仲地正樹さん。上原さんから、自宅の庭に絵本カフェをつくりたいと相談されて、6畳ほどの大きさの小屋を提案した。
「最初は、建物をもっと大きくして、カフェができる水回りも、というお話だったのですが、上原さんの庭には、これくらいの大きさの建物がたたずまいとしてちょうどいいと思い、小屋を提案しました」
もとから建っていた2階建ての家の邪魔になることなく、むしろ互いに引き立て合うようなちょうどいいボリューム感の建物。それは小屋だと、仲地さんは現場を見て感じたという。
「ちょっと変な言い方ですが、庭に入ったときに、何となく、小屋が“見えた”んです」
しかも、小屋ならば、庭の半分はそのまま残り、家族でバーベキューをしたり子どもがボール遊びをしたりするスペースとして使える。植栽や外塀に手を付けずに施工することもできる。大きさが一定のサイズ以下なら、法的な手続きも省略できる。小屋は“一挙数得”のアイデアだった。

屋根の形状のせいか、子どもが親を見上げているような、小屋と母屋。6年の間隔を置いて別々に建てられたにもかかわらず、二つがしっくりとなじんでいるのは、仲地さんがなじませる工夫をしたからだ。
たとえば、小屋が木造なのは、重量感のあるコンクリート造の母屋に対して小屋が軽やかに見えるようにという配慮。
「こんなにちっちゃいものをコンクリートでつくったら、母屋とのバランスが悪いと感じたんです」
また、母屋に対して小屋が少し斜めに配置されているのは、二つの建物の間に適度な"抜け感"をつくり出すためだ。
「バシッと平行に向かい合っていたら、住んでいる人も居心地が悪いです」
小屋と言えば、本土では数年前から"小屋ブーム"。「小屋フェス(祭り)」が開かれたり、無印良品が小屋を商品化したりしているが、仲地さんも小屋の可能性に注目する。
「秘密基地みたいな、自分だけのスペースが欲しい人は多いと思います。それが家の中に存在しないなら、外に小屋としてつくるのもいいのでは。幸い、沖縄は敷地の広い家が多いですし」
仲地さん自身も、自宅の庭に子供部屋の小屋をつくる予定だという。
「あるいは、俺の仕事部屋にするのもいいな」
小さな小屋から、夢は広がる。

 


ライター/馬渕和香
『週刊タイムス住宅新聞』愛しのわが家・まち<25>
第1647号 2017年7月28日掲載

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