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2017年8月25日更新

人と自然に優しい暮らし|やんばる・シンカヌチャービレッジ(大宜味村)

仙人でも住んでいそうな人里離れたやんばるの森で、衣食住をなるべく自分たちで手づくりしながら、人と自然が共生する暮らしを営む夫婦がいる。40年ほど前にオーストラリアで生まれたパーマカルチャーという生活スタイルを実践する相川さん夫妻だ。夫妻が築いたパーマカルチャー実践の場、「やんばる・シンカヌチャービレッジ」を訪れて、人にも自然にも優しい暮らしを垣間見てきた。

やんばる・シンカヌチャー ビレッジ(大宜味村)


大宜味村の緑深い森の中にたたずむ「やんばる・シンカヌチャービレッジ」で、相川さん夫妻は、人と自然が“互いに生かし合う”暮らしを実践している


相川家には、"目からうろこ"なモノが多い。
「これ、古いシーツを使ってつくったエプロンです。穴があいてシーツとしては使えなくなったものをリメイクしました。ですから、材料費はタダです。正確に言えば糸代だけです」
破けたシーツを使って仕立てたエプロンに、おとなの古着Tシャツでつくった子ども用のワンピース。相川雪恵さん(38)の手にかかると、不用品として捨てられてもおかしくない古着や古い布が、新たな用途をまとってすてきに生まれ変わる。
「破れたシーツは、そうとしか見なければごみです。でも、頭の中の自由度を上げて、アイデアの引き出しを増やしていけば、ごみを資源に変えられます」
雪恵さんと夫の雅久さん(50)の「頭の中の自由度」の高さは、3年前、大工の助けを借りながら雅久さんが手づくりした家を見れば分かる。
例えば、東シナ海を遠望するリビングの大きな掃き出し窓。そこにはめ込まれた強化ガラスは、那覇の店舗で使われていたものだ。ある時、雅久さんがフェイスブックに「家を建てているが、サッシがない」と投稿したところ、友人が情報をくれた。
「首里に強化ガラスが捨ててあるよと教えてくれたんです。もらってきて、木枠をはめて、窓をつくりました」
それと似たエピソードが、リビングの床にもある。
「建材店で、『自分で家をつくっていて、床材を探している』と話をしたら、『捨てるフローリング材があるからあげるよ』とゆずってくれました。だから、材料費はまったくのタダです」
雪恵さんによれば、小屋を建てる資材に使おうと廃タイヤをもらいに行った時は、処分費が浮いたと業者から感謝された。
「廃品や廃材を有効利用することのすばらしさは、もらう人もあげる人もお互いにハッピーになれること。ごみも減るから、自然環境にもプラスになります」


3年前からパーマカルチャーを実践する相川雅久さんと雪恵さん。5歳の紬ちゃん(中央)の下に2歳の実ちゃんもいる

建材店の倉庫に眠っていた余り物の無垢(むく)のフローリング材を譲り受けて張った床。幅も木の種類もバラバラだが、それがかえって味わい深い

トマト缶とこたつのコードでつくったランプがつり下がるキッチン。シンク類はリサイクル品でそろえた。

土と砂と稲わらだけでつくったアースオーブンはとても重宝している。「一度火をつけるとなかなか温度が下がらないので、高温でピザを焼いて、少し冷めたらパンを焼き、さらに冷めたらドライ野菜をつくるというふうに一度の燃焼で何度も使っています。その都度火をくべる手間が省けるので労力の節約にもなります」と雪恵さん​


生かし合う暮らし

「お互いがハッピー」になれるように暮らし方を工夫する。それは、夫妻が3年前から実践しているパーマカルチャーの核となる考え方だ。ちなみに、パーマカルチャーとは、「永続的」、「農業」、「文化」を意味する英語を組み合わせた造語。雪恵さんは、その概念をこう説明する。
「パーマカルチャーとは、地球に暮らす、人間を含む全ての生き物が互いに生かし合えるよう、暮らしを設計することです」
つまり、古着をリメイクしたり廃材を活用したりするのは、「生かし合う暮らし」の一環なのだ。人にとっては衣料費や住宅費の節約になり、自然にとっては環境を汚すごみが減る。
「衣食住に必要なものをなるべくお金で買わずに、自分たちで生み出すようにしています。目指しているのは、できるだけお金を介さない暮らしです」


新しい生き方を求めて

お金を介さない暮らしを二人が目指すようになったのは、「お金を介する暮らし」に幸福感を感じられなくなったからだった。
雪恵さんは、以前那覇で料理店を営んでいた。好きで始めた仕事だったが、経費を削るために使いたくない材料を使わざるを得なかったり、余った食材を捨てたりすることが嫌になった。
「すごくやりたかった仕事をしているのに、いつも矛盾を感じていました。店を維持するためにしないといけないことが、自分が本当にしたいことからかけ離れていくことに、モヤモヤした気持ちを感じていました」
同じ時期、雅久さんも岐路に立っていた。東京で長年、映像制作の仕事をしてきたが、都会のライフスタイルに違和感を覚えて沖縄に移り住んだ。
「一生懸命に働いてお金を稼いで、着飾って、好きなクルマに乗って、という暮らしをしても心が満たされなかったんです」
それぞれに新しい生き方を求めていた時、パーマカルチャーと出合った。たまたま手にしたチラシでパーマカルチャーの講座を知り、なぜか受けないといけない気がして申し込んだ。受講料を捻出するために、行くはずだった新婚旅行もあきらめたが、代わりに「求めていたものに出合えた」と雪恵さんは言う。
「人生の方向性が一気に定まった感がありました」


衣食住を自給自足

講座で学んだ暮らしを実践するために、二人は大宜味村に移り住んだ。千坪を超える土地を手に入れて、衣食住をできる限り自給自足する生活を始めた。
「パーマカルチャーの基本は、百姓になることです。生きるために必要なことを百できる人、という意味での百姓に。だから、家づくりも農業も教育も何でもします。スローライフならぬハードライフです」
それでも、充実感があると雪恵さんは言う。以前感じていたモヤモヤは、もう感じない、と。
「結局、あの頃感じていたモヤモヤは、お金(をつくること)に追われることへのもどかしさだったと思うんです。今は経済的には苦しいですけれど、同じ働くにしても、もっとリアルというか、生きることに直接自分が関わっている喜びがあります」
まぶしいほどに幸福感がみなぎる笑顔で、雪恵さんが言った。




破けたシーツと古着を合体させてつくったエプロン=右=と、紬ちゃんのためにおとなの古着Tシャツでつくったワンピース



やんばる・シンカヌチャービレッジ(シンカヌチャーは沖縄語で"仲間たち")ではパーマカルチャーの講座も開いている。写真は、受講者と一緒につくったキッズバンガロー=上。廃タイヤにセメントと土を詰めたものを土台にし、壁には明かり窓として廃ビンを埋め込んだ=下


やんばる・シンカヌチャービレッジ
https://y-sv.jimdo.com/


ライター/馬渕和香
『週刊タイムス住宅新聞』愛しのわが家・まち<26>
第1651号 2017年8月25日掲載

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