築70年超の木造店舗を再生「ミージマ共同売店」|建築散策 沖縄のか・かた・かたち

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沖縄県与那原町新島区・親川通りの入り口にたたずむ「ミージマ共同売店」は、築70年超の木造建築「伊集商店」を地域住民らが改修。同町の伝統を散りばめ再出発した建物は、地域の交流拠点としてよみがえった。改修の経緯を、発起人で同区出身である大木太平さんと建築士・新垣太志さんに聞いた。(編集部/市森知)

「か・かた・かたち」とは
建築家・菊竹清訓さんが示した設計プロセス。目に見えない構想(か)が、技術(かた)を通して、形(かたち)になる。 建築や都市は生物が新陳代謝するように、古くなったところを部分的に入れ替えながら、時代に合わせて変化・更新させていく必要性を示した。

共同売店で交流を生む

「商店時代に通気がよかったからか、約70年という築年にもかかわらず、柱や梁などの木の傷みは少なかった」と(株)新垣工務店の建築士・新垣さんは振り返る。現況調査と並行して伊集商店の平面図を作成。改修案を旧知の仲であった(同)ミージマ共同売店代表・大木さんらとともに計画し、2023年から取り組んだ。

リノベーション前。シャッターが降ろされた建物

1階部は木仕上げとテラス席が印象的な外観に。入り口は食堂と売店エリアで分けている

改修のポイントの一つが構造だ。70年前は建物の耐震基準は旧耐震基準が一般的だったため、建物の耐力を補うことが不可欠だった。「JIS規格の構造用ボードで耐力壁を造り付けたり木材どうしの接合が不十分な箇所は金具で固定したりして、補強した=こちらを参照」。食堂は上部に架かる不整形な大梁と製材された斜めの梁、新旧の材のコントラストで時の流れが表現されている。

また、食堂と駄菓子・刺し身や天ぷらなどの販売エリアをつなぐ通路には伊集商店の看板などが飾られている。当時の面影を残しつつ、新垣さんは「適宜、手を加えながら、この建物は20年以上持たせたい」と話した。

屋根裏があらわになった食堂

通路(左写真)を通り、駄菓子や刺し身など生鮮商品の売店(右写真)につながっている。通路の壁には伊集商店の看板が飾られているほか、食堂のボンボン時計は当時使われていたものを修理して、受け継いだ。梁にはミニチュア大綱を結びつけている

老若男女が立ち寄る、ゆんたく広場を目指し

「商店」から「共同売店」へ。改修・再利用の発起人・大木さんは「地域のゆんたく広場」を思い描いた。

地域にあった個人商店が次々と店じまいしてしまい、閑散とした雰囲気が新島区を包んだ。コロナ禍で閉店した伊集商店は同級生の実家でもあり、「自分たちの思い出も詰まっている」と大木さん。築年数から取り壊しが検討されたが、「地域に残る歴史的な建物を、子どもから大人までふらっと立ち寄れる場としてよみがえらせられないかと奔走した」とも話した。

地域の有志らと工事 民泊運営も視野に

予算が厳しい中、出来ることは自分たちでやろうと決意。24年10月の開店までの約1年間、大木さん・新垣さんはじめ、地域の有志らと力を合わせて、工事にとりかかった。仕切り壁や天井材などは撤去したほか、あらわになった建築時の材木は表面を薄く磨き上げ、木の質感を生かした見た目に仕上がった。

共同売店の白い壁・柱は「新島でいご子ども会」と一緒に塗り、与那原大綱曳の写真や大綱が空間に彩りを添える。

右肩上がりの共同売店の目標は「2階を民泊として貸し出すこと」だ。大木さんは「幅広い年齢層の方々にお越しいただき、今後は県外・国外の方にも与那原町や新島区の魅力を伝えることができたら」と力を込めた。

リノベーションの作業の様子。高い位置の壁は大人が、比較的低い位置の壁は子どもたちが白く塗装。作業後には、みんなで食卓を囲み労をねぎらった

ミージマ共同売店の、か・かた・かたち

か(構想)

ミージマ共同売店の目と鼻の先にはある「親川広場」=下写真。「新島でいご子ども会」のエイサー練習場や新島区の観月会の会場のほか、子どもたちの遊び場など地域には欠かせない広場だ。

改修時に掲げた「地域のゆんたく広場」のモデルとも言え、大木さんは「この共同売店も地域の結びつきを自然と強める集いの場になってほしい」と話した。

赤瓦が印象的な管理棟の奥側に芝生が広がる「親川広場」。住宅エリアの中にあり、地域の集い場の要となっている

かた(技術)

木造建築物の耐震基準は1981年に「新耐震基準」が制定され、阪神・淡路大震災後に「2000年基準」として強化された。築70年超のミージマ共同売店(旧伊集商店)は金物を使わない伝統的な「貫工法」で接合されており、木材の接合が緩んでいた箇所もあった。そのため、金物で接合し直したほか、2階部分の荷重がかかる1階の柱周辺を中心に耐力壁を複数箇所設け、補強した。

金物で固定した接合部(左)と構造に影響しない範囲で残した貫工法の痕跡

同商店のセメント瓦と一部の赤瓦はプロの力で補修した

かたち(形態)

改修では建築士監修の下、自分たち(地域住民ら)でできることとプロに任せた方がいい工事を分けた。例えば、雨漏りがひどかった屋根は一度は大木さんらが防水塗装を試みたが、しばらくして再発。その後は専門業者に依頼して、補修した。

外観はシャッターなどを地域の有志らと取り外した。アルミの掃き出し窓はそのままに、新垣さんが製作した木扉を設置。木の端材は外壁の仕上げ材などに再利用した。

建物前面の石畳の道路は大綱曳本番前の「道ジュネー」のルート


毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」 建築散策 沖縄のか・かた・かたち(2)
第2106号(2026年5月15日発行)より転載