「建築が人やまちの記憶を呼び起こす」と建築士・根路銘安史さんは話す。手がけた事例から性能の更新にとどまらない、改修の重要性を語った。また、地域に眠る歴史的な建築物などを発見・調査し、保存活用のアドバイスをする「ヘリテージマネージャー」や修繕のポイントについて、沖縄県建築士会の久保田秀樹さんに話を聞いた。
「か・かた・かたち」とは
建築家・菊竹清訓さんが示した設計プロセス。目に見えない構想(か)が、技術(かた)を通して、形(かたち)になる。 建築や都市は生物が新陳代謝するように、古くなったところを部分的に入れ替えながら、時代に合わせて変化・更新させていく必要性を示した。
「かつてあった通りの名前や橋の存在など、住人や地域の記憶を掘り返すきっかけになった」。
那覇市松尾にあるアートギャラリー「あおみどりの木」=写真=の改修設計の経験をアトリエ・ネロ(南風原町)の建築士・根路銘安史さんはそう振り返る。「建物を使い続けることは構造や設備、デザインなどの更新に限らず、まちの変化と合わせて埋没していった暮らしの記憶を継承する媒体にもなる」とも付け加えた。

改修後のあおみどりの木(アトリエ・ネロ提供)

改修後の1階。陶器や洋服などの展示・販売会が行われ、一角にはカフェがある(アトリエ・ネロ提供)
要望と法のせめぎ合い
あおみどりの木は、1952年完成の2階建て木造建築物「旧神谷薬局」を2020年に改修した建物だ。

1952年の旧神谷薬局の様子(アトリエ・ネロ提供)

1975年の旧神谷薬局の様子(アトリエ・ネロ提供)
建て替えなど依頼者の要望と現行の法律を照らし合わせたところ、「接道関係による高さ制限などから、予算をかけても希望を大きく下回る建物しかできないことが分かった。その際、完成当時の建物の写真が見つかり、『2階の和室で着付け、1階では友人らとお茶を飲めたら』と依頼者の夢が膨らみ、再利用することになった」と根路銘さん。現況調査を実施した結果、赤瓦屋根はしっくいが定期的な塗り替えが行われていたこと、かつての薬局の看板で雨水などが入りづらかったことで、「十分に再利用できる状態だった」。
建物を覆っていた看板や不要な外壁を撤去していくと、完成当時の格子窓(2階)が現れ、「この窓が依頼者が見ていたまちの様子を教えてくれた」。また、近所のお年寄りからは千歳通りと呼ばれていたこと、地域の旗頭を掲げ祭りに参加する写真など当時の情報が寄せられたという。

改修前の2階和室。窓は看板でふさがれていた(アトリエ・ネロ提供)

改修後。看板を撤去し明るい空間に。床板などはしっくいで仕上げた(アトリエ・ネロ提供)
根路銘さんは「建築に求められるのは形の美しさ、使い勝手や技術による耐久性だけではない。場所の記憶など目に見えない地域文化に貢献する役割も担っている」と話した。
木もRCも水が天敵
築70年超のあおみどりの木は、過去の浸水により木材の一部(1階)で腐食が見られたものの、全体的に劣化が少なかった。
その理由の一つが「水対策がしっかりなされたこと。これは木造に限らず、鉄筋コンクリート(RC)造の建物にも共通している」。
例えば、1984年完成のRC造住宅=写真=の改修を行った際にも、「屋上防水や壁面の塗装が塗り直しされていた。このような手入れがコンクリートの爆裂を抑えることにつながっている」と根路銘さん。

改修前の、1984年完成のRC造住宅

改修後。天井や壁は木仕上げとして、趣味の音楽が楽しめる空間に。床材や窓サッシなどはそのまま使い続けた
RC住宅の改修案は極力もとの住宅の良さを生かしつつ、水回りの設備を刷新し、音楽が趣味という依頼者に合わせ内装を仕上げた。「窓から冷たい風を取り込むという完成当初の空間構成はそのままに、ヌレエンを新設して庭との連続性を高めた。室内は壁や天井に木を貼って吸音効果を持たせた」。

改修後。庭とダイニングの間に「ヌレエン」が新設され、内外が緩やかにつながっている

元々の住宅には洗面室・脱衣室などがなかったので、浴室と一体的に使えるよう改修した
ヘリテージマネージャーに聞く修繕のポイント/RCは「ひび」 木は「痩せ」
建築士でヘリテージマネージャー(HM)としても活躍する久保田秀樹さんは修繕すべき状態として、「鉄筋コンクリート(RC)造の建物は大小のひび割れ、コンクリートの剥離。木造の建物は木材の痩せ(水分が抜けて細くなる)、シロアリによる侵食などが挙げられます」と説明する。
木材は傷んだ部分そのものを取り替えできる場合があるが、「沖縄に多く見られるRC造はモルタルや樹脂注入による補修を行うのが一般的。その際に、コンクリート内部の鉄筋がさびない環境をつくることが大切になります」。
一般的な建築物とは異なり、文化財を修繕する際には歴史調査が欠かせない。「なぜその材料が使われているのか、その建物がどのように使われてきたのかなど、歴史的背景を把握した修繕が必要。事前の歴史調査を怠ると、間違った修繕を施しかねない」。
建物が持つ歴史的経緯が改めて注目され、日本でHMの養成の必要性が叫ばれるようになったのは1995年の阪神・淡路大震災後。久保田さんは「失われた地域の歴史を物語る建築物や地域の人々の心に映っていた風景の重要性が認識された」と話す。そのため、地域に眠る歴史的な建築物などを発見・調査、保存活用し、まちづくりに生かそうという動きや取り組みが促進された。
取材/市森知
毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」 建築散策 沖縄のか・かた・かたち(3)
第2115号(2026年7月17日発行)より転載