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沖縄県南城市の津波古区に住みはじめて3年がたつ。越してきたばかりのころは「あなた何班(ナンパン)ね~?」とよく聞かれ「12班です!」と答えていたが、いつの間にか「12班の本竹です!」と名乗るようになった。今ではそれが自己紹介となっている。(文・写真/本竹功治 建築家)
小さな文化まつり/グリーンインフラ
津波古区には12の班があり、各班だいたい100世帯ほどで構成されている。ひと昔前までは、年間行事や冠婚葬祭に至るまで、班ごとに執り行われていたそう。しかし暮らしが少しずつ便利になり個人でできることも増え、班で支え合う相互扶助(ユイマール)の場面も少なくなっていった。それでもまだ、「あんた何班ね?」と、道端から始まるご近所さんとの関係がうれしい。
小さな文化まつり
そんな話を公民館でしていると、「小さな文化まつり」という津波古で催されていた行事の話を聞いた。津波古区の主催ではなく、班内でご近所同士が集まり、それぞれの芸を持ち寄って披露する小さな村遊(ムラアシ)びだったそうだ。子どもたちからオジーオバーまでが集い、唄い、踊る。道端で豆腐作りをしたりと、道がみんなの遊び場であり、みんなの「庭(ナー)」だったそうだ。
「津波古が好きだからやってたんだよー」と、当時の思い出を語ってくれた嶺井さんは、チチョーン(投げ網のことを津波古ではこう呼ぶ)を手繰りよせ、昔ながらの網の打ち方を見せてくれた。「今はもう昔のように外で遊んだりはできないね~」と網を握りしめる手が少し寂しそう。道を通るだけの場所ではなく、みんなが集い、遊び、顔を合わせる庭としてきたところに、沖縄の小さな文化を感じる。

「小さな文化まつり」からの写真。道ばた豆腐づくりや、茅葺き屋での芸持人たち、大勢の観客が当時の熱気を物語っている
グリーンインフラ
ところで近年「グリーンインフラ」という言葉を耳にするようになった。道路や側溝のように、暮らしを支えるまちの基盤をインフラという。しかし、既存のインフラでは、地中に浸透できない雨が洪水や土壌流出、生態系の分断などの問題も起こりはじめている。そこで最近、道へと流れる雨をいったん受け止めながら土へゆっくり浸透させることで、水や生き物たちの環境、本来あるはずの自然のしくみを住民の手で取り戻していこうとする「雨庭(アメニワ)づくり」という活動が全国各地で広がっているそうだ。
国土交通省も今年「グリーンインフラ推進戦略2030」を公表した。行政だけでなく地域の住民が、顔を合わせながら、みんなの手でインフラを育てていく。道を「庭(ナー)」と呼ぶ沖縄の文化がそうだったように、人と人とのつながり、人と自然とのつながりをもう一度見直そうとする活動は、道端からはじまる「小さなインフラづくり」とも言えるかもしれない。
みんなで作る「雨の庭」
さて、「キッズスコーレ森の校舎」では、グリーンインフラという言葉が届く前から、雨水を浸透させること、土を流さないための手当てをしてきた。


(左写真)「珊瑚舎キッズスコーレ 森の校舎」の「雨庭」づくり。大雨で流れる土を枯れ草で覆い、溝を掘って雨水の道を整えている
(右写真)琉球石灰岩や竹筒を使って、雨水をゆっくり地中に導きながら空気の循環を促す。植樹をしながら「雨庭」を育てていく
それでも、突発的な豪雨のたびに山全体から道路に集まり下流の集落へと流れる雨は、僕たちだけの手当てでは受け止めきれない。だからこそ、行政だけでなく、自治会や学校など地域に関わる人々が顔を合わせ、ユンタクし、手を動かす「雨庭づくり」のような活動がいま必要だと感じる。道端からつくる「小さなインフラ」を、みんなの「庭」として一緒に育てていきたいと願っている。まずは道にでてみよう!
「あなた何班ね~?」
今日も津波古のどこかで、この何げない一言から「小さな文化」が、はじまっていく。
執筆者プロフィル

もとたけ・こうじ/アジアを旅する建築家。現在は津波古区を拠点に珊瑚舎キッズスコーレ森の校舎づくりなど地域の活動に関わる。
本竹さんの過去記事はこちら
毎週金曜日発行「週刊タイムス住宅新聞」アジアを旅する建築家が見た沖縄の暮らし(3)
第2109号(2026年6月5日発行)より転載